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獣化棟の扉を開けると、ガシャン! と一度、鉄格子に何かが当たる音がした。扉を開ける音に、暴れていたという獣人が反応したのかもしれない。
ちょっとびっくりしたけれど、一度派手な音が上がった以降は、何も反応がなかった。
「自分は廊下にいるので、何かあったら呼んでください。こっちも、何か異変があったら叫ぶんで」
そう言って、カインくんは廊下の真ん中に立つ。奥の方から獣化した子が飛び出てきてもいい様に、ということだろうか。
手前の檻に入ると、明らかにいつもより一部屋辺りの人数が多い。手前にいた犬が、ぎょっとした顔を見せながらも、わたしに寄ってくる。もしかしたら、今日は来ないと思っていたのかもしれない。
「今日はサクッと済ませてしまいますね」
カインくんにも訓練があるだろうし、あんまり長居しない方がいいだろう。わたしは檻の扉と鍵を閉め、一度全員分の名前を確認する。今日はいちいち扉と鍵を閉めないといけないから、まとめてブラシを運んだ方がいいだろうし。
少し檻の方が気になりながらも、わたしはいつも通りブラッシング作業を進める。心なしか、皆、早めに切り上げさせてくれるようだ。もっと、とじゃれる人がたまにいたけれど、今日は一人もそんなことをしてこない。
……アルディさんに、檻へ入れられた子は、何をそんなに警戒しているんだろうか。気にはなるけど、流石に様子を見に行くことはできない。無謀過ぎるし、ここまで配慮してくれているのにそれを無駄にするような行動は控えるべきだ。
後で聞いてみようかな……。どんな子か、聞くくらいならいいだろう。答えてくれるかは別だけど。
ブラッシングをし始めた、一人、二人、くらいまでは、奥の檻が気になっていたけれど、集中しだすと気にならなくなってくる。気が抜ける、というわけじゃないけれど。
「――っくし」
ブラシについた毛を取ろうとして、思わずくしゃみをしてしまう。そのわたしの小さなくしゃみに反応したように、「ガウ!」と犬の吠える声が響く。
くしゃみ一つにここまで反応するとは……。よっぽど気難しい性格の獣人なんだろうか。
心なしか、今、わたしと一緒に檻の中にいる獣人たちも、気を張っているというか、若干、警戒しているようにも思う。
空気が、すごくぴりぴりしている。
本当は、もう少しリラックスしてくれるとやりやすいんだけど……。
流石にこの状況じゃ難しいかな、と、今ブラッシングしている犬の獣人さんを軽くマッサージしたら、それはいいから早く次をやれ、とでも言いたげな様子で、わたしの手の上に前足がのった。
やっぱり駄目か。
わたしは「すみません」と小さな声で謝って、次の獣人の元へと向かった。