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半分ぐらいでぐったりしていると、背後からすすっとジルが近寄ってきて、小声で「お嬢様、ここの洗髪液はお湯で薄めますし、流すのでこのままの匂いでは残りませんよ」と教えてくれた。
そういうものなのか……。普段使っているものは無香料だから、全然知らなかった。普通のお嬢様なら、こういうのを当たり前に知っていて、お茶会とかの話題になるんだろうなあ。
とはいえ、鼻の効きが悪くなってきているのも事実。わたしは、店員に決めてもらうことにした。一つずつチェックしてみても、これがいい! というのがないのだから、仕方がない。
「ええと……おすすめはどれかしら」
嗅ぐ前から店員に聞いておけば良かった。今更だけど。
「そうですね……ペルジーナの香りのものか、スモルロジェの香りのものはいかがでしょう? 新発売の洗髪液の中でも、控えめで上品な香りになっております」
……店員にも匂いがきついって思ってたのばれてる……。そんなに顔に出ていたのかな。出したつもりはなかったんだけど。
それにしても、ペルジーナとスモルロジェか……。ペルジーナはプレゼントによく使われる花で、大輪の花でありながら香りが控えめで、派手な花束を作りやすいことで有名だった気がする。
ローザス王子が婚約者の令嬢によく贈っている花で、最近はローザス王子を真似してか、社交界でこの花をメインにした花束を婚約者へと贈るのが流行っているので、それを見越した商品か。確かに、ただペルジーナをそのままプレゼントするよりは、変わり種としていいと思う。
スモルロジェは綺麗に育てるのが難しい花だと庭師から聞いたことがある。わたしの家の庭にも植わっているもので、低木に咲く花だ。花を綺麗に咲かさなくていいのなら、野生でも結構しぶとく咲くのだが、人間が手入れをしないと色がつかず、汚く濁った白色の花になるそうだ。
綺麗に咲いたところで、プレゼントにされるわけでもなく、料理やお菓子の添え物として使われる。一応食べられるらしいが、実際に食べる人は、ほとんどいないらしい。わたしだって食べたことはない。
でも、スモルロジェ、確か獣化した獣人たちがいる部屋のある棟の近くに自生していた気がする。
白い花だったから、誰かが手入れしているものじゃなく、自然と生えたものだとは思うが、スモルロジェの花の香りなら、そこまで気にならないかな。結構植わっていたし。
それに、ペルジーナなんて派手な花、わたしに似合うとも思えないし。
「――それでは、スモルロジェのものを一つください」
そう言ってわたしはスモルロジェの洗髪液を注文する。
洗髪液一つ注文するだけなのに、酷くつかれたような気がする。おしゃれって難しい……。