04
首を傾げるわたしに、お父様は驚いたような表情を見せた。――いや、これは引いた顔か。まあ、冷静に考えれば、虎と戯れる人を見たら、普通は、うわっ、となるはずだ。
虎におびえるメイドと、虎と戯れるわたしと、それを見て驚いているお父様たち。今、この空間で、異常なのはわたし一人だ。
なんだかいたたまれなくなって、わたしはブラシを置いて立ち上がった。ドレスに毛がついてしまった。洗濯が大変そう、と、どこか他人事のように思う。お嬢様だから、使用人が洗濯するだろうな、というのもあったが、そもそも、今この現状がどこか嘘っぽい。夢の中で、夢だと気が付いていないような心地なのだ。
転生してしまったのだと、本気で思ったのに、同時に、もしかしたらこれは夢で、目が覚めるかもしれないと、まだ、思っている。
「――お父様、帰るのなら帰りましょう」
「あ、ああ……」
お父様は信じられないものを見るような目で、わたしを見た。
地味姫、と呼ばれるほどの娘が、こうして虎と戯れていたのだ。そりゃあ、衝撃か。全然地味じゃない。
わたしが立ち上がってお父様の方へ行くと、虎もブラシをくわえてついてきた。そのまま、獣人の男性の元へと行き、彼の足元へと座った。その表情は、どこか機嫌が良さそうに見える。虎だから、はっきりとしたことは言えないけど、そんな印象を受けた。やっぱり、感情豊かそう。
「――……アルディがお世話になったようで、ありがとうございます、オルテシア嬢」
獣人の彼が軽く頭を下げると、虎も頭を下げた。……やっぱり、あの虎は、人間の言葉が通じるみたい。
それにしても、あの虎、アルディっていうのか。名前を知っているということは、彼が飼い主……?
……もしかして、この虎、人見知りをするのかな。
彼らが驚いていたのは、虎がこんなところにいるから、ではなく、人に慣れていないこの虎がわたしに懐いているように見えたから、とか。
――……今更ながら、ちょっと怖くなってきた。暫定飼い主の獣人の男性がいればもう大丈夫かもしれないが、さっきまでわたしはなんてことをしていたんだろう。
虎も猫もサイズが違うだけで似たようなもの、と無心でブラッシングしていたわたしの横っ面をひっぱたいてやりたい。今更ながら、ようやく危機感が少しだけ追いついてきたようだ。もしかしたら、襲われていた可能性もあったのかも……?
夢でも、痛いときは痛いもの。怪我をしたら、痛みがあったのかもしれない。
「いえ。……それでは、失礼いたします」
わたしは別れの挨拶の手順を思い出しながら、カーテシーをする。前世ではこんなことをしたことがなかったけど、オルテシアの体が覚えている。
粗相がないことに安心したわたしは、お父様とこの場を去った。
――この、わたしにとって何気ない行動が、今後の人生を大きく変えてしまうことを、今のわたしはまだ知らない。