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貴族令嬢が夜遅くまで外で働いている、というのは、わたしが思っていた以上に大変なことだったらしく、馬車についたらジルに一言二言言われ、家についたらついたで、お父様にもお母様にも怒られてしまった。
わたしとしては、前世で働いていたときの残業のようなもの、と考えていたけれど、よくよく考えたら、前世は男も女も働くのが当たり前な時代。でも、この世界では、農民はともかく、平民ですら働く女性は珍しいらしい。
そんな世界なので、夜遅くまで働く女性は娼婦だけ、みたいな認識らしく、それはもう、長々と説教された。
軽く注意するだけで済ませてくれたアルディさんがどれだけあっさりと説教を終わらせてくれたのか、思い知らされた。たぶん、あそこで長く説教したら帰る時間がもっと遅くなるからあれで済ませてくれたんだと思うけど。それか、家に帰ってから散々怒られると分かっていたか。
そんなわけで、わたしはもう二度と残業はしない、と約束させられた。終業の鐘で終わりにできないなら、王城解放日を待たずに辞める、なんて、子供みたいな約束をさせられてしまった。次はないので、本当に気をつけないと。
そして、説教を乗り越えて一晩。今日のわたしは休日だった。
これは別に、残業しすぎの謹慎とか、そういうわけではなく、元々休みだったのだ。
――でも、することがない。
リアン王子の婚約者だった頃は、王族の妻になるのだから、とたくさん国の歴史や経済、周辺国との関係やマナーを学び、どれだけ勉強しても不足はない、とばかりの勉強スケジュールを組み立てられていたのだが、それも全部なくなった。
第二騎士団に通っていたら、ブラッシングができて、やることがあったから、まだ気楽だったんだけど。
部屋でぼーっとしていてもつまらないのに、やることがない。家の書庫にある本は勉強としてほとんど読んでしまったし、刺繍は流石に一日で終わらすようなことじゃない。庭も、丁度季節の変わり目だからか、庭師が忙しそうにしているので、とてもじゃないが散歩にいける状態じゃない。邪魔にしかならないからだ。
わたしって、こんなに無趣味だっただろうか。中身まで目立つことができないのか。悲しすぎる。
今日、何度目か分からない溜息。だってすることが本当に何もない。窓際に座って、外を見てるのだって、楽しいのは最初の五分くらいまでだ。
「――そうだ、お嬢様!」
そんなわたしに、ジルが声をかけてくれる。
「良ければ街に出かけませんか?」
「……街?」
「はい! なんでも、最近貴族区で髪がさらさらになる洗髪液が発売されたらしいんです。今までのものよりずっと質がいいんだとか」
洗髪液ってことは……トリートメントとか、だろうか。確かに、今使われているものは、綺麗に洗えるけど、前世のドラックストアで並ぶたくさんの種類のシャンプーやリンス、トリートメントに比べたらかなり種類も質も劣る。
「他にもケーキ屋さんとか、お茶屋さんとか……美味しいところがたくさんあるそうです。新しいドレスを見に行くのでもいいですね」
にこにこと笑顔でジルが提案してくれる。
確かに、リアン王子の婚約者として、背式に発表されてからは、『万が一』を危惧して、街には行かなくなってしまった。でも、王子の婚約者でなくなった今、そういうのを気にしなくてもいい、ということだ。
何も買わなくたって、分かりやすい変化のない窓の外を見ているよりは楽しいだろう。
「そう、ね……行こう、かな」
わたしはジルの誘いにのり、街へと行くことになった。




