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当然、変な人が来ることもなく、犬のブラッシングだったから、そこまで手間取ることもなく、すぐに最後の一人のブラッシングが終わった。時間的にはすぐ終わったはずなのに、なんだか今日のブラッシングした人たちの中で、一番時間がかかったように思う。
「終わった? それなら後は僕が片付けておくから帰ろう。途中まで送るから」
ひょっこりと、檻のむこうから顔を出したアルディさんが、そんなことを言った。
「え、でも……」
「これ以上は流石に残せません」
そう言われると、あんまり反論出来ない。既に我がままで残してもらっているのだから。
ここはアルディさんの言葉に甘えておこう。表情を見るに、今度は絶対譲らない、とでも言いたげだし、下手に食い下がるより、おとなしく従った方がアルディさんも早く帰ることができるに違いない。
「すみません、それでは、お願いします」
わたしは毛を軽く払って、立ち上がる。「はぁい」と、気軽な声が帰ってきた。
外に出ると、本当に真っ暗だった。街の方へ出れば、街灯がいくつも並んでいるからここまで暗くはならないだろうけど、この辺りは夜まで残る人が多くないという想定なのか、結構遠めな間隔でしか灯りが設置されていない。
「ここ、思ったよりも夜は暗くなるでしょ。次からはもう少し早く帰らないと駄目だよ」
ランタンを持って、アルディさんが歩き出し、わたしは後ろをついていく。
確かに、こんな暗い中を歩くのは、結構怖い。別に心霊ものがダメ、とかではないけど、純粋に恐怖を掻き立てる暗さである。
一度も、今日ほど遅く残ったことがなかったから、ここまで暗くなるとは知らなかった。
「すみません……」
迎えに来てもらって、送って貰って。こんなに暗くなるなら、早く帰れと言われるのも当然だ。わたしは思わず、謝った。ハウントさんからも終わらなくていいって言われていたのに。
「まあ、確かに早く帰った方がいいのは事実だけど、でも、あいつらは今日ブラッシングしてもらって、嬉しかったと思うよ」
あいつら――言わなくても分かる。獣化した獣人の皆さんのことだろう。
「次から気をつければいいよ。皆が迷惑被ったわけじゃないし、特に最後のは、ヴォッド――あの犬も悪い」
本当ならあいつだって僕側につかなきゃ駄目なのに、とアルディさんは言った。あの犬の獣人、ヴォッドさんというのか。
「あんまり落ち込まないでね。心配したけど、誰だって失敗くらいするし」
「はい……」
そんなことを話していると、馬車の停留所につく。直でこっちに来てくれたらしい。
――そうだ、帰る前にお礼、言っておかないと。
「あの、今日はありがとうございました。迎えに来てくれて。あと、髪留めも。飾り少ないこっちに変えて、正解でした」
わたしがそう言うと、アルディさんは「役に立ったようでなによりだよ」とうっすら笑った。