33
アルディさんから髪飾りのプレゼントを貰って数日。わたしは彼から、シンプルで装飾の少ない髪飾りを貰って、心底感謝していた。
――忙しすぎるのだ。
この間まで使っていた、装飾のついた飾りを使っていたら、アルディさんの予想通り、どこかに引っ掻けて大変なことになっていただろう。髪をまとめないでこんなに作業するなんて無理だ。髪がうっとうしくて仕方ない。
朝、ハウントさんに、「本日は獣化した者が多くて……終わらなくても大丈夫ですから」と言われていたのだが、ここまで多いとは思わなかった。
わたしがブラッシング係になって、第二騎士団に足を運ぶようになって一週間ほど経ったが、多くても五、六人。多いって言ったって、たいしたことないだろう、なんてタカをくくっていたのだが、いざ、獣化した人たちを数えたら三十人強いた。思わず二回数えなおしてしまった。
三十人。三十人って。
獣化した獣人の人たちは、望んでブラッシングを受けているから、一人当たりに十五分からニ十分くらいで、大体一時間に三人から四人のブラッシングをこなす。単純計算で、最低でも十時間かかる、ということだ。
ただ、実際には昼休憩を抜いたとしてもトイレ休憩は必須だし、馬みたいに大きい動物の姿になった獣人や、パンダみたいに慣れないブラッシングをしないといけない獣人の人相手ではもっとかかるから、最終的には十時間じゃ収まらない気がする。
そりゃあ、終わらなくても大丈夫だって言われるわ。
でも、こうして、実際、ブラッシング係の必要性をひしひしと感じたのは今日が初めてだ。この人数を訓練と平行してやるのは酷すぎる。仕事がこれしかないわたしがひいひい言いたくなるくらいなのだから。
……確かに、ハウントさんには、終わらなくていい、と言われたけど。でも、折角こうしてわたしが必要だと言ってくれたことへの証明ができるチャンスが巡ってきたのだから、なんとかやりとげたい。夜会でもないのに、夜、外へ出歩くのは令嬢として褒められることじゃないのは分かっているから、夕方には終わりにしないといけないのかもしれないけど……。
でも、それでも、ぎりぎりまで頑張りたい。
初めて、家族以外からプレゼントを貰って、嬉しくて、子供みたいに、寝るぎりぎりまで、ベッドの近くの棚において、眺めていた、この髪飾りに見合うだけの、努力をしたい。
……あんまり遅くなったら、ジルが迎えに来てくれるだろうし。そのぎりぎりまで、頑張ろう。
「……よし、綺麗になった」
それに、こうしてぼさぼさだった毛並みを綺麗にしていくのは、なかなか楽しいし。
意外と天職なのかも、第二騎士団のブラッシング係。――まあ、でも、一か月のお試しだし……流石に侯爵令嬢が、いつまでも男所帯で一人働く、というのは、お父様も許してくれないだろうなあ。
なんて、ちょっとさみしくなったのも一瞬。すぐに忙しさで慌ただしくなって、そんなことを考えている余裕はなくなってしまったのだった。