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第二王子と婚約者だった頃でも、彼から何か物を貰ったことは、一度もなかった。
国の繁栄の為、都合のいい者同士の婚約だから、そんなものか、と思っていたけれど、第一王子のローザス王子は、ことさら彼自身の婚約者を大事にしていて、ことあるごと、どころか、たいした用もなしに物を贈っていると聞いて、それをうらやましく思ったことくらいはある。
いや、流石にあのペースで物を渡されても困るし、そこまではいらないと思っていたけれど、一度くらいは、と、夢見たことが、なかったわけじゃない。誕生日くらい、何かプレゼントしてくれないかな、とか。
でも、ある日、「お前は何か婚約者にあげないのか?」とローザス王子に話しかけられていたリアン王子を見かけたとき――自分が、社交界でなんと呼ばれていたか、思い出させられた。
華やかな第二王子が婚約者になったところで、わたし自身の何かが変わったわけではないのだ、と。
「あの女に? 冗談はよしてくれ。何をやったって、装飾品がくすんで無駄になるだけじゃないか」
たまたま廊下で聞いてしまった言葉。盗み聞くつもりはなかった。
リアン王子からあまりよく思われていないだろうことは、なんとなく察していたし、わたしが地味姫と、社交界で笑われていることも知っていた。
でも、実際に、彼がハッキリ言っているところを見てしまったら、どうにも、決定的で、ごまかしがきかなかった。
――地味姫だと、分かっていても、傷つかないわけじゃない。
泣かないように、堪えるのに必死だった記憶だけが、わたしの脳裏にこびりついている。前後があやふやで、どうしてあんな場面を見かけることになったのかも覚えていないのに、なぜか、あの馬鹿にしたように、笑って言い捨てるリアン王子の声だけは、あのとき聞いた声とそっくりそのまま、同じように思い出せる。
第二王子という婚約者がいる以上、他の男の人からプレゼントを受け取るわけにはいかないし、当のリアン王子がああならば、わたしはもう、男性からプレゼントを受け取ることはないのだろう、と思っていた。お父様がプレゼントをくれる最初で最後の異性で、唯一だなのだ、なんて。
――でも。
「……大切に、しますね」
わたしはアルディさんに笑いかける。
忘れてしまいたいほど、苦い思い出だったから、目を逸らし続けていたけど、結局、ささいなきっかけで思い出してしまうものだ。
でも、彼の優し気な表情を見るだけで、あの頃のわたしが、少しだけ救われたような気がした。
……この髪飾り、大切に使おう。