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なにかアルディさんに謝ってもらうようなことはあっただろうか。思い出せない……。
わたしが反応に困っていると、アルディさんは少し言いにくそうにしながら、「オルテシア嬢が侯爵令嬢だとは思わなかったんだ」と話した。
わたしは驚いて、思わず何度も瞬きしてしまった。
「その……あのガゼボでメイドを連れてお茶を飲んでいるくらいだから、貴族のご令嬢だろうなとは分かってたんだけど……全然、侯爵令嬢だとは思ってもみなくて」
嫌味、でもなんでもなく、本当にそう思っているのだと言う風に、彼は言った。まあ、わたしは地味姫、と揶揄されるくらいの人間だ。パッとみて分かるくらい、華やかな装いをしていなくて、それは同時に、飾り立てるくらいのお金がないと錯覚してしまう物だったんだろう。
確かに、生地はかなりの上物であるものの、デザインだけ見れば、もっと分かりやすく派手で金持ちそうなデザインのドレスを着ている伯爵令嬢や子爵令嬢がいる。
それと比べてしまえば、わたしはまさに、まさか侯爵令嬢だったとは、と言われるような見た目をしているのだ。
なので、正直、それに関してはアルディさんを責められない。
「男爵家や子爵家くらいのお嬢様なら、頼み込めば第二騎士団でブラッシングをしてくれないかな、と、ブラッシングしてもらったときのことを周りに言いふらしてしまって。オルテシア嬢が侯爵令嬢だってハウントから聞いて知ったときには、もう手遅れだった、というか……」
噂が広まって、わたしのブラッシングを受けてみたい、という人が増えたのだという。
「……謝罪を受けるようなことでもないですけど……でも、これはありがたく貰っておきますね」
気にしてないから、と突き返すのは簡単だけど、お礼も兼ねているらしいから、ありがたく受け取っておこう。
折角だから、とわたしは今使っている髪留めを外して、貰った髪留めで髪をまとめなおす。今朝、ジルがやってくれた髪型のように、複雑な編み込みは難しいけれど、邪魔にならないようにまとめなおすことくらいはできる。何も思い出していない以前のわたしならまだしも、髪を結ぶくらいは前世で何度もやってきた。それこそ、数えきれないほど。
「……変じゃないですか?」
わたしはアルディさんに聞く。鏡がないから、髪が変に跳ねたりまとめられていなかったりしているところはないか、という確認で聞いたのだが――。
「――うん、似合ってて可愛いよ」
なんて言葉が返ってきて、一気に顔が熱くなった。
――可愛い。
その言葉を聞いて、わたしは、そう言えば、着飾った姿を褒められたのも、装飾品をお父様以外の男性から贈ってもらったのも、初めてだったということに気が付いた。