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貴族はいきなり本題から話すことは滅多にしない。非常時は当然別だが、マナーとしてよくないと、この国の貴族の間では決まっている。それがもどかしいと思ったことは何度もあったけれど、今日ほどこの雑談をすっ飛ばしたいと思ったことはなかった。
せめて家族間ではこのマナーが適応外になればいいのに、と思いながら雑談をしばらく続けてから、わたしはお父様に本題を切りだす。
「――お父様、リアン王子の次の婚約者が決まったそうですね」
ちら、とお父様の顔色をうかがってみても、あまり動揺した様子は見られない。流石にこのタイミングで、わざわざわたしがお父様の元を尋ねたとなると、質問の内容は分かっていたのかもしれない。
「わたしが、婚約破棄された理由を、お父様はご存じですか?」
「――……知っている」
少し、間があった。言いにくいことなんだろうか。何がいけなかったんだろう。正式な発表前なら婚約者が変わることもあるだろうが、既に発表されたにも関わらず、婚約が破棄されるなんて、よっぽどのことのはず。
その理由を、わたしは知りたい。
――だが。
「オルテシア、婚約破棄の理由を、お前に伝えるのはやぶさかではない。だが、今はまだ、時期が悪い」
時期が悪い? 既に新しい婚約者が決まっていることを、わたしは知っているのにまだ隠すというの?
「時期が悪い、ということは、いつかは教えてくださる、ということですよね?」
言質を取るような言葉は、あまり褒められた物ではない。この国の貴族はあまり、物をハッキリとは言わない。ほぼほぼ水面下で決定して、明言したところでなにも変わらない、という確証が得られてから、ハッキリと言う。
だから、土台が整っていないのに言葉だけを求めるのはマナー違反、はしたないと眉をひそめられる行為だ。
それでも、わたしは知りたかった。わたしの、何が駄目だったのかを。
「――今日はやけに食い下がるな。婚約破棄が決定したときも、手続きをしたときも、その晩も、特に何も言わなかったのに」
婚約破棄が決定したときは、まだわたしは『前世のわたし』を思い出していない完全な地味姫だったし、手続きをしたときやその夜は、まだどこかで夢だと、自分のことではないのかも、なんてぼんやりしていたから、そこまで気が回らなくなっただけである。
「……まあいい。理由を知りたいと思うのは、もっともだ。そうだな……王城解放日が終われば、お前の第二騎士団へ出向くのも終わりだろう。その後、お前が自分の未来を決め、それでもなお知りたいというなら、教えてやろう」
わたしの未来。ケルンベルマ侯爵家が直接経営している孤児院の院長になるか、それとも分家の養子になるか。そのどちらかのことを指しているのだろう。
「婚約破棄の理由を知ってしまうと、未来を選べなくなる。――私は父として、お前に、幸せになってほしいのだ」
「お父様……?」
お父様も、わたしが地味姫と、若い令嬢や子息の間で笑われていることを知っているのかもしれない。それに続いて、今回の婚約破棄。
散々周りに流されてきたわたしが婚約破棄された理由を知らないままでいるのなら、わたしは最低限、自分の未来を選ぶことができる。それは、お父様にとって、最大の譲歩なのかもしれない。
……そうなると、これ以上無理に聞き出すのは難しいか。
でも、いつかはわたしに教えてくれる、という言葉を聞けただけでも、少し納得はできた。望んだ回答では、なかったけれど。