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「貴女、リアンお兄様との婚約を破棄されたそうね」
わたしはまだ何も言っていないのに、ルルメラ様はずかずかと待合室に入ってきて、適当にソファへと座る。涼しい顔で扇子をひらひらとさせているが、マナーとしてどうなんだろう。もちろん、相手は王族だし、わたしはルルメラ様のマナーの教師じゃないから何も言えない。
申し訳なさそうな表情をしているフィオナ様も、ルルメラ様の後をついて、ソファへと座った。
「ま、丁度いいじゃない。リアンお兄様は貴女みたいな『地味姫』にはもったいないもの。新しい婚約者の方がずっとお似合いだわ」
……新しい婚約者? もう決まったの?
わたしとの婚約が破棄されてまだ半月も経っていない。それなのにもう決まっているとは……むしろ、新しい婚約者となった令嬢との話を進める為にわたしの婚約を破棄したのか、と思いたくなるほどのスピード。
「……新しい婚約者、誰か知りたい?」
「――お姉さま!」
それは流石に、と言ったげなフィオナ様が声を上げる。でも、ルルメラ様はじとりと彼女を睨みつけるだけ。そのひと睨みでフィオナ様は黙り込んでしまった。フィオナ様、昔、姉が苦手だとおっしゃってたものなあ……。
とはいえ、新しい婚約者は誰なのか、少し気になる。気になりはするが、ルルメラ様に「教えてください」と言うのも嫌だ。「釣り合わない地味姫のくせに、お兄様に未練があるの?」と笑われるのが目に見えている。
さてどう返答したものか、と考えていると、ルルメラ様がにんまりと笑った。
「ブロデンド子爵家のナリシラ嬢ですって」
わたしが聞きたい、聞きたくない、というのは関係なかったらしい。彼女が話してからかいたい、と思った時点で、わたしの返答がどうあれ言うつもりだったんだろう。
……それにしても、子爵家の令嬢とは。
この国の王位継承権のある男児は、侯爵家から娘を娶るのが常である。たまに伯爵家のご令嬢を結婚相手に選ぶ方もいるにはいるが、大抵は王位継承権が五位以下で王になる可能性が高くなく、かつ、どうしても好きになってしまった令嬢がいる場合、半ば権力を使って周りを黙らせるようにして妻に迎え入れる。
それなのに、子爵家の令嬢と王位継承権第二位のリアン王子が婚約するなんて。
「子爵家の令嬢だなんて、お兄様も大恋愛されたものね。ねえ、下級の家の娘に王族の婚約者の席を奪われた気持ちはどうかしら、侯爵令嬢のオルテシア?」
「――……」
ただの、婚約のし直しじゃない。裏があるように思える。……わたしのような小娘には分からないことではあるけど、でも、絶対何かある。
わたしですら気が付くのに、ルルメラ様はそれに気が付かず、嫌味ったらしい笑みを浮かべていた。
何か言い返した方がいいのかな、これ。