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犬二匹、馬一匹のブラッシングは、持っていたよりもあっさり終わってしまった。犬は前世で何匹も飼っていたから慣れたものだし、馬にしたって、多少手こずりはしたものの、よっぽどのことをしなければ抵抗されたり蹴られそうになったりしない。
「……これ、本当にわたし、必要でした?」
こんなにさくっと終わってしまうと、別にわたしじゃなくたっていいんじゃないか、と、ちょっと思う。別に自信をなくした、とか、そういうわけじゃないけど、思っていたよりは大変じゃなかったので、拍子抜けしてしまったというか。
あんなに必死に頼んできたものだから、てっきりもっと重労働なのかとばかり。
「いや、そんなこと言っていられるの、今だけっすからね」
けれど、カインくんは、結構真剣にわたしの言葉を否定した。
「今日はすごく少ない方ですよ。ヤバいときなんて、半日以上かかるんすから。訓練で疲れているときに、休憩時間までブラッシング業務で埋まるとか、ブラッシングのために休日に呼び出されるとか、めちゃくちゃ嫌がってますよ、人間は」
成程。確かにそれは大変、かも。今日だけで判断するのは早計だったか。
でも、今日の業務がすでに終了してしまったのは事実。……やることがない。
「あの、よかったら他にも何か手伝うことありますか?」
洗濯とか、掃除とか、溜まっているなら手伝おうかな、なんて軽い気持ちで聞いてみたのだが、カインくんに思い切り首を横に振られてしまった。何回も。
「いやいやいや、ダメっすよ。オルテシアさんは侯爵令嬢なんすから! 下働きみたいなことさせらんないですって。ブラッシングの業務を担当するってだけでも異例なのに」
慌てたように言われて、わたしは少し気落ちする。そんなに取り乱して言われると、無理に何かを手伝っても、逆に、迷惑になってしまうだろう。
わたし自身は貴族といっても所詮は婚約者に婚約破棄された令嬢だし、何かの権力があるわけじゃない。しかも、前世の記憶が混ざったからか、どちらかと言えば平民よりの思考をしていると思う。
「あー、掃除や洗濯も騎士団にとっては訓練みたいなもんなんです。いや、第二騎士団は遠征とかないですけど。でも、万が一のときに備えて自分のことは自分でやれるるようにならないといけないんです」
……よっぽどしょんぼりした顔をしてしまっていたのだろうか。フォローするように、優しい声音でカインくんが言ってくれる。
一か月とはいえ、わたしの教育係になるのなら、仲良くやっていきたいと思っていたけど、一気に距離を詰め過ぎたようだ。
別に、困らせたいわけじゃない。
わたしはおとなしく引きさがり、家へと帰ることになってしまった。




