18
「自分は少し席を外しますね」と言ってルナトさんを檻へ運びに行ったカインくんと入れ替わりで、ブラシを持ってきたアルディさんが戻ってくる。
アルディさんの身長だと、彼に座ってもらわないと、とてもじゃないが頭に届かない。
わたしが座っている木箱に座ってもらってもいいが、壁際に置いてある上に結構でかいので、座った背後から髪をとかすのはやりにくそうだ。かといって、彼が木箱に座った状態で、木箱の上にのったら流石に差がありすぎて、今度は逆の意味で頭に届かない。
「えっと、どこかに椅子は……」
「ああ別にいいよ」
彼は迷うことなくすとんと床に座った。確かに、わたしが木箱に座った状態で足元に座っても、丁度いい位置に頭が来るけど……!
「ゆ、床に座るんですか!?」
「別に抵抗はないよ? 訓練だともっと汚れるし」
「いや、汚い、とか以前に……冷たくないですか?」
材質がコンクリートぽいので、随分とひんやりしていそうだ。しかも、ここは獣化した獣人の人たちがいる場所。彼らには毛皮があるからか、人間のわたしには若干肌寒く感じる室温になっている。余計に冷たそう。
「大丈夫だよ、このくらい」
でも、当のアルディさんは、考えたこともない、と言いたげな声音でそんなことを言った。
本人がそういうなら、大丈夫なんだろう。わたしは冷たい床には絶対座りたくないけど。
「ええと、それじゃあ失礼します。痛かったら言ってください」
「あ、髪留めは取っていいよ」
そう言って、彼は「お願いします」と、ちょっと演技っぽく言った。顔は見えないけど、声音が笑っているように聞こえた。表情があまり変わらない人みたいだから、多分、そこまで大げさに笑ってはいないんだろうけど。
前からでは気が付かなかったが、後ろの方で細く縛っている髪があったようだ。さらさらの、少しオレンジっぽい金髪とは違って、縛っている部分は綺麗な黒髪だ。このカラーリング、本当に虎っぽい。
わたしは髪留めを外し、彼の髪をとかしはじめる。
といっても、動物のブラッシングは慣れているけれど、他人の髪をとかすのはこれが初めて。前世では自分の髪をとかすくらいしてたけど、今はそれこそ令嬢なので、メイドにやってもらっている。
……ということは、今のわたしにとっては、髪をとかすこと自体が初めてなのだ。そう思うと、途端に緊張してきた。
「い、痛くないですか?」
不安になって聞いてみるも、「大丈夫」という返事が。我慢している様子はないので、気遣いではないと信じるしかない。
わたしはさっきのルナトさん以上にどきどきしながら、髪をとかし、最後に髪留めを戻す。――うん、大丈夫、だと思う。
……多分。