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まさか見られているとは思わなくて、びっくりしてブラシを落としてしまった。拾おうとしても、ルナトさんが膝にいるから非常に拾いにくい。……というかルナトさん、寝てないか、これ。
なんとかルナトさんを落とさず、起こさずにブラシを拾えないかと苦戦していると、アルディさんがひょいっとブラシを拾ってくれる。
「あ、ありがとうございま――」
差し出してくるのでありがたく受け取ろうとしたのだが、アルディさんはブラシから手を話してくれない。性別の差なのか、普段から鍛えているかいないかの違いなのかは分からないけど、びくともしない。
なんで? と不思議に思っていると、「ずるい」とアルディさんが呟いだ。
ずるい? ……もしかして、ブラッシングしたルナトさんに対してずるいってことなのかな。アルディさんもブラッシングしてほしい……とか?
でも、今、彼は獣人の姿で、獣化した獣の姿じゃない。先日のときのようにブラッシングするわけには……。
「え、ええと……髪をとかしましょうか」
今、彼にクシが通せる毛は髪の毛くらいしかない。かといって、このままブラシを返してもらう口実が思いつかなかった。
ぴくっと彼の耳が動く。
流石に失礼だったかな、と思ったのもほんの一瞬。ぱっと明るい笑顔を見せられれば、嫌がっていない、というのがすぐにわかる。表情筋こそ大げさに動いてはいないが、ほとんど無表情ばかりだったアルディさんにしては、随分と分かりやすい。
「ブラシ取ってくる。あ、カイン、ルナトを定位置によろしく」
そう言ってアルディさんはルナトさんをわたしの膝の上から抱き上げ、カインくんの腕に抱かせる。乱暴な様子ではないが、とても動きが素早い。
「……本当にブラッシング、好きなんですね」
こんなことくらいでそんなに喜んでもらえるとは思わなかった。
「まあ、ルナト先輩とか、見た目が狂暴そうじゃない獣人はそれなりにブラッシングしてもらえるんすけど、副団長みたいに、虎とか、ライオンとか、猛獣と似た姿に獣化する獣人はブラッシングをなかなかしてもらえないから、結構ストレス溜まってるんだと思います」
だからたまにこの牢から抜けだす人もいるんすよ、と教えて貰った。ということは、前回わたしがたまたま遭遇したのは、その脱走中のことだった、ということか。ブラッシングしてくれる人を求めて城中を歩き回っていたのかもしれない。
……ん、あれ? 今、副団長って言った? アルディさん、副団長なの?
そんなにすごい人だったなんて……。あ、でも、皆平等に扱うから、と言っていたっけ。それって、こういうことだったのか。