01
わたしと、リアン第二王子と、結婚の仲人である宰相と、お父様と、その他、証人が数名。
王城の一室で、わたしとリアン第二王子の婚約破棄は行われた。
淡々と事務的に行われるその光景に、わたしは、つい、いくらファンタジーな世界でも、婚約破棄は流石にネット小説のように派手じゃないんだな、なんて思ってしまった。
……ん? 『ネット』って、何?
――…………。『ネット』……ネット……。……アッ。
「ッス――」
変なタイミングで深呼吸をしだしたわたしに、お父様が視線を寄こしたのが、見なくても分かる。ひしひしと、鋭いものを感じるので。
でも、動揺の一つや二つくらい、したくもある。
ネット小説のようじゃない、という、たった一言で、わたしは前世のことを、ひそかに、思い出していたので。
とはいえ、こんな地味に思い出すなんて。
普通、もっと、劇的なことがあるもんじゃないのか。例えば、頭を打つとか、死にそうになるくらいの高熱とか。そうじゃなくても、なにか事件や事故に巻き込まれて、目が覚めたら、「えっ、ここはどこ!?」みたいな感じで転生の記憶が蘇るものじゃないの。
周りは婚約破棄を粛々と進めているが、わたしは内心でだらだらと冷や汗をかいていた。前世で生活していた中では想像もつかないくらい、煌びやかな空間に、どうにも落ち着かない。
とはいえ。
不幸中の幸いなのが、つい、さっきまでのわたしの記憶がなくなったわけじゃないことだろうか。
わたしが、『わたし』を思い出すまでの記憶は、記憶、というより、記録に成り下がった感じはするけれど、それでも、わたしが知りたい、思い出したい、と思えば、その情報を引っ張り出すことができる。
「――それでは、オルテシア嬢。ここに、婚約破棄を認めるサインを」
「――……ぁ、は、はい」
オルテシア。それがこの、今のわたしの名前なのに、意識は前世のものだから、一瞬、反応が遅れてしまった。
まあ、わたしはいつも、こんな感じだったようなので、多分、そこまで怪しまれていないだろう。
地味で、華がなく、おとなしい侯爵令嬢――『地味姫』と社交界の陰で言われている。それがわたし。そういう『記録』が、頭の中に残っている。
地位だけは高いのが、余計にわたしをみじめにさせた、ようだ。――かつてのわたしの感情も、今は『記録』でしかないけれど。
わたしはペンを持ち、自分の名前を書く。少し戸惑いはしたものの、やはり、問題なく頭の中から引っ張り出せる。
オルテシア・ケルンベルマ。
その名をわたしが書き、地味姫の名にふさわしいくらい、静かに、地味に、なんの物語性もなく、わたしの婚約の破棄が、完了した。