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第5話 見えない来訪者①

自己紹介の翌日――僕たちは部室の掃除を行っていた。昨日訪れた際には部屋はそれほど汚れているようには見えなかったが、よくよく確認すると、照明の上や部屋の隅には埃が積もり、棚の中には書類や冊子が乱雑に詰め込まれていることが分かる。掃除の分担は、天音部長が書類整理、ショーコが体の小ささを活かして手の届きにくい隙間や棚の上を担当し、そして僕はそれ以外の掃除を任された。


腰に力を入れ、ソファーや机を動かす。すると、その下には薄く積もった埃の層。長い間、掃除されていなかったことは明白だった。まずは箒と塵取りで埃をすくい取り、その後に雑巾で丁寧に拭き上げる。


それにしても、「力仕事はあんたに任せる」と言われた手前、断ることが出来なかったが、僕の負担が大きくないか? というか、恐らく僕しか掃除していない。天音部長はさっきから、元々荒れていた棚をさらにぐちゃぐちゃにしているし、ショーコに関しては20分くらい姿を見ていない。小さい体を悪用して、どこか目のつかないところでサボっているのだろう。


かまをかけてみるか。


「ショーコ、サボってるのバレてるぞー」


すると、棚の上からガタガタッという音がして、ショーコが顔を出した。


「なに決めつけてんのよ! こちとら真面目に掃除してたわよ!」

「じゃあ、どれくらい綺麗になったか見るけどいいんだな?」


ソファーを足場にして棚の上を見ようとする僕と、それを必死に妨害するショーコ。この争いを沈めたのは他でもない天音部長―――ではなく、




コンコンコン



木製の扉が発する乾いた音だった。



「あのー、ここって亜人が生きやすくするために協力してくれる『あらい部』っていうのであってる? ちょっと依頼したいことがあるんだけど...」

「はい、ここは『あらい部』であってますよ! とりあえず話を聞くので入ってもらってもいいですか?」


天音部長の声に答えるようにドアノブがぐるりと回り、扉が開いた。



そして、()()()()()()()()()()()。正確に言えば、廊下が続いているのだが、声の主と思われる人はどこにも見当たらない。


「誰も……いない?」


僕の疑問の答えは、何もない空間からすぐに返ってきた。


「ごめんね、ちょっと驚かせちゃったかな? 驚かせちゃったよね。いやー、本当に申し訳ない。僕の個性のせいで、また他人の寿命を縮めてしまった。まあ、どれくらい縮んだかは分からないんだけどね~」


目に見えない男は、まくし立てるように喋った後、楽しそうに笑った


薄っぺらく、軽快で、重みの感じない声だった。こいつがモノを売りに来たら、どんなに良い商品でも買わない自信がある。それくらい胡散臭いというのがこの声の第一印象だ。


男はひとしきり笑った後、こう続けた。


「私の名前はサムワン。透明人間のサムワンだ。今回の依頼は透明人間が絶対に開けることの出来ない扉――()()()()を開ける方法を一緒に考えてくれないだろうか?」


『透明人間』 彼らの体は透明なため、視覚では認識できないが、触覚で確認することは可能である。目立つことを嫌い、単独行動を好む傾向がある。人間と亜人が共存する社会において、透明人間による犯罪は今のところ一件も報告されていない。しかし、それが彼らの性格によるものなのか、それとも単に犯罪が発覚していないだけなのか――その答えを知る者はいない。





「コーヒーでいいですか?」

「ありがたく頂戴しよう。私はコーヒーには少々こだわりがあってね、もちろん豆を実際に挽いた直後のコーヒーが一番うまいんだが、インスタントコーヒーもそれに匹敵するくらい香りを引き立てる方法が…」

「もう出来ました、どうぞ...」

「あぁ、ありがとう...」


僕は4人分のコーヒーを淹れて、席に座った。席はあらい部の3人とサムワンが向かい合うような配置になっている。天音部長は僕が席に座ったことを確認し、普段より少し落ち着いた口調で話し始めた。


「初めまして、サムワンさん。私はあらい部の部長、森 天音です。よろしければ、もう一度依頼内容を聞いてもいいですか?」

「OK、説明しよう。私の依頼は簡単に言うと、透明人間でも自動ドアを開けられる方法を考えてほしいというものだ。1人で考えていたのだが、まったく良案が浮かばないので、あらい部の知恵を借りに来たというわけだ」


自動ドアが開けられない――確かにこの問題を抱えたままの生活が生きづらいことは容易に想像できる。今の人間社会は古い建物を除いて、ほとんどが出入口として自動ドアを採用している。つまり、彼は事実上ほとんどの建物から入店拒否されている状態というわけだ。


「昔はね~、重みに反応して自動ドアが開く仕組みだったから問題なかったんだけどね~。今は赤外線センサーに反応したら開く仕組みの自動ドアが主流になって、光を透過する私たちは自動ドアを通れなくなっちゃったんだよね~。ほんと迷惑しちゃうよ」


「ハハハッ」と先ほどより掠れた笑いが聞こえる。


「今の話を聞いて、何かアイディアとかあるかな?」


サムワンの問いに対して、真剣に話を聞いていた天音部長は立ち上がって答える。


「確か自動ドアは手動でも開けられると聞いたことがあります! 少し大変かもしれませんが、普通のドアと同じように開けるのはどうでしょうか?」

「ん~、それも試してはみたんだけどね~。全然開かなかったね。どうやら自動ドアの電源が落ちている時は手動でも開くらしいんだけど、電源が入っている間は開かないらしいね~」

「そうですか...」


天音部長はしょんぼりとして席に座った。その隣にいるショーコは落ち込んだ部長を小さな声でなだめていた。


「あーちゃん、早く良い案を出してよぅ 今日は掃除で疲れたから、早く帰りたいよぅ」


前言撤回。ショーコは今日も自分のことしか考えていなかった。


この段階で、僕は最も単純な解決策に気づいていた。むしろ、なぜ他の人がこの答えにたどり着かないのか不思議でならなかった。


コーヒーを一口含み、サムワンが座っているであろう場所に目を向けると、目に見えない彼と目が合った――そんな感覚に襲われた。


「はい! そこの少年! 何かいい案が浮かんだのかな~?」


感覚は恐らく正しかった。サムワンからの言葉が直後に送られてくる。ここで僕は最も簡単で、最も単純にこの問題を解決できる方法を言った。



()()()()()()()()()()()()()()()...」

「・・・」


サムワンは何も答えない。



「名鬼くん……それは……」


天音部長の表情が曇る。それに合わせるように、部屋の空気も少し冷たくなった気がした。


「え?」


部長の方に首を向けた直後、右肩が何者かに捕まれる感触があった。肩の上に手を置いたような感じではなく、しっかりと鷲掴みにされていることが肌の触覚から分かる。しかし、右肩を見てもそこには誰もいない。


サムワンだ。僕の左斜め前に座っていたはずのサムワンが、どうやったのか分からないが、音を立てずに移動し、右肩を掴んでいる。そして、この事実にまだ部長とショーコは気づいていない。


「あ、あのっ、痛いんで掴むの止めてくれますか?」


サムワンは先ほどと全く変わらない、軽快な声で答えた。


「ごめんね~、ちょっと力はいっちゃったかもしれない。すぐに緩めるよ。そんなことよりさ、あらい部は亜人の生活を助けてくれるって聞いてたんだけど~、君はなに? 僕に死んだように生きろと言っているのかな~?」


謝罪の言葉とは裏腹に、目に見えない右肩の圧力がだんだんと強くなっていくのを感じた。

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