第4話 あなたの氏名と趣味、そして種族を教えてください
「今年度の第1回活動内容は自己紹介です!」
自己紹介―――なんとも普通の部活らしい活動内容であり、人と人が初めて関わる場面では必ず発生する事柄である。そして、それはあらい部も例外ではないようだ。
「自己紹介、それは互いを理解し合うための第1歩であり、信頼への架け橋です。相手の体質や趣味嗜好、考え方などを深く知ることが出来れば、互いの短所を補い合うことだってできるはず。それがゆくゆくは亜人の生きやすい世の中に繋がる……というのが前部長の教えなのです! それでは、部長である私から自己紹介を始めていきましょう!」
そういうと部長は両手で机を押して立ち上がった。その瞬間、カチッと何かが切り替わったかのように、部長の纏う雰囲気が変化した。
「あらためてまして、こんにちは。あらい部、部長の森 天音です。種族はエルフで魔法を少し使えます。趣味は新しい魔法の開発です。苗字で呼ばれるのは、あんまり好きじゃないので、気軽に天音と呼んでください。これからよろしくね、名鬼くん」
『エルフ』 それは魔法の扱いに長けていることと寿命が恐ろしく長いことで知られる種族である。肉体的強さは人間とあまり変わらないものの、亜人の中では高い知性をもっている。実際に大学で準教授となったエルフもいるくらいだ。
「よ、よろしくお願いします、天音部長」
「はい! 名鬼くん!」
自己紹介中の凛とした立ち振る舞いはどこへやら。すでに部長の雰囲気はほわわーんとしたものに戻っていた。
「ちなみに、昨日あんたを縛り付けてた縄も、天音が作ったのよ。すごいでしょ!」
プーカはまるで自分の手柄だと言わんばかりに自慢してきた。確かに、あの縄はとても頑丈だった。ただ、感覚としては巨大な岩を押してもびくともしないというより、暖簾に腕押しをしているような――まるで、無駄なことに力を使わされているかのような、そんな縄だった。
「あの縄はね、加えられた力に応じて縄の強度が変化する魔法がかけられていたのよ。だから、あんたがどんなに力を入れて縄をねじ切ろうとしても、無駄だったってわけ。逆にあーちゃんみたいなひ弱な女の子は簡単に縄を外すことが出来るって寸法よ」
外すことの出来ない縄は魔法によるものだったのか。それならどんなに力を込めても抜け出せなかったことには納得だ。
「じゃあ次はわたしね。あらい部、副部長の畑 性子よ。種族はプーカで小さい体を生かした隠密行動とかをすることが多いわね。趣味はみんなと楽しくおしゃべりをして、コミュニティを崩壊させることです! 仲良くしてね、名鬼」
後半の一文で仲良くする気がだいぶ失せた。誰がおしゃべりしているだけで、周りの亜人関係を崩壊させるような奴と仲良くなりたいと思うんだろうか。
「あ、はい。よろしくショーコ」
「なんであたしには敬語使わないのよ! わたし年上よ! 性子副部長って呼びなさいよ!」
「ショーコよく聞いてくれ。敬語っていうのは、相手に対して敬意を表す言語表現なんだ。そして、僕は間違った言葉遣いはしたくない。ここまで言えば分かるな?」
机の上に立っていたショーコは膝から崩れ落ちた。ショーコはいままでになく感情のこもった声で呟いた。
「分かってるわよ…そんなこと。ずっと前から分かってたわよ。あんたも…あんたも私の貧乳を馬鹿にしてるんでしょ! 貧乳は尊敬するに値しないって言うんでしょ!」
いや、全然わかってないが?
「私とあーちゃんとの差なんて、胸の大きさくらいしかないもの! さっきは廊下でもっともらしいこと言ってたけど、この部に参加するのを決めたのも、どうせあーちゃんのおっぱい目当てでしょ!? 男なんてどうせ性欲に支配された獣でしかないんだわぁぁぁぁ」
ショーコは腕で顔を覆い隠して泣いてしまった。漂々とした態度の奴だと思っていたが、地雷とはどこに埋まっているか、分からないものである。
左からの視線が痛い。そちらに顔を向けると、天音部長が勢いよく両腕で胸を隠した。自己紹介のときや普段の表情とも違う――それは、明らかに軽蔑の色を帯びていた。
……この誤解を解くのに、1時間を要した。
◇
「じゃあ、最後に僕ですね…」
一応、天音部長にならい立ち上がってから話し始めた。
「暁 名鬼です。種族は鬼で身体能力と回復力は二人より高いと思います。趣味は野球観戦です。これからどうぞよろしく」
『鬼』 日本固有の亜人であり、海外ではオーガなどと呼ばれたりしている。身体能力と回復力に優れており、長期間休まずに戦闘することが出来る。特に眉毛の上に角を生やした個体の戦闘能力は非常に高く、出会ったときは注意が必要である。もちろん、僕の頭には角は無い。
パチパチパチパチ
天音部長は笑顔で拍手をしてくれたが、ショーコは未だに拗ねているのか、そっぽを向いている。
「亜人で人間のスポーツ観戦が趣味なのは珍しいですね! なんで人間のスポーツを見てみようと思ったんですか?」
「…そのことなんですけど、実は昔、人間に混ざって野球をやってたんですよね。しょ、ショーコ副部長には、さっき廊下で話したんですけど……僕、人間に育てられたので、3年前まで自分が亜人だってことも知らなくて…」
「もうショーコでいいわよ。ショーコ副部長は長くて呼びづらいしね。それより、鬼の身体能力なら、すぐに亜人だってばれるんじゃないの?」
僕の話に引っかかる部分があったのだろう。ショーコは質問を投げかけてきた。まあ、それも当然だ。通常、鬼と人間の身体能力はまるで違う。たとえ子供の頃でも、蟻とゾウほどの差があるのだから。
「同族に会ったことないので正確には分かりませんが、僕は鬼の中では極端に身体能力が低い方だと思います。野球チームでは、一応エースで4番でしたけど、亜人と疑われるようなことは1度もなかったですね。運動神経のいい人間くらいです…」
「具体的には?」
「人間の体力テストでギリギリ満点取れるくらいですね…」
「ふ~ん、それくらいか…」
しばしの沈黙が僕に喉の渇きを意識させる。はっきり言って、僕の個性は二人のと比べると見劣りしている。少し運動が出来て、傷の治りが早いだけ。あとは普通の人間と何ら変わらない。もしかしたらがっかりされるかもしれない…という不安もあったが、
「じゃあ、あたしたちの中ではあんたが一番力持ちね。それならあらい部の力仕事はあんたに任せようかしら。それがいいわよねっ、あーちゃん?」
「はい! 流石は私の眷属です!」
どうやら杞憂だったようだ。二人の反応を見て、胸の奥の緊張がふっと和らぐのを感じた。
今日の所は初日ということもあって、その後は軽い雑談をして解散ということになった。まだ依頼などは来ていないが、特別な事情が無き限り部活は毎日あるらしいので、天音部長とショーコに「また明日」と手を振った。
帰り道、ふと気づけば、今朝から感じていた頭痛はすっかり消えていた。明日は自分の足で部室に行こう、そう思った。