冷たい血液、暖かい生者。冷たい理屈、暖かい道徳。
私は貴族の家で産まれた。まぁ貴族と言っても貴族らしい物は叙爵証書しかない家だったが、それでも金だけはあった。だから私は本を沢山買っもらい、そして沢山勉強した。勿論、偉くなりたいだとが、人の為にだとか、そういう訳ではない。私はただ、私に潜む貪欲たる知的好奇心に餌をあげていたのだ。
数学、文学、哲学、天文学、様々な分野を貪り食った。
14で大学に入り、15でリビングデッドに興味を持った。そして16の時に外部的曼荼羅自覚法を編み出し、リビングデッド製作を更に簡易化した。その結果今では死体さえ整っていれば、医学的知識がなくてもリビングデッドを製作できるようになった。
そしていつのまにか天才と呼ばれていた。
「フランさん、こっち終わりましたんで、そっちやりましょう。」
それがなんだというか!私は金というものをあまりに軽視していだ!その結果今この冒涜的な仕事をしている!愚かだ!私はすぐに知的好奇心というものに気を取られて愚かな選択をする!外部的曼荼羅自覚法もそうだ。あれを使えば一生研究してられるだけの大金を手に入れられたのに、私は大金なんて興味無いよなんて言ってそれを手放した。結果、研究をする為にこんなことをしている。
「うん、そうしよっか。」
300年前の戦争によって多くの技術は失われたが、逆に残ったものもある。それこそ医療技術というのがそれに当たるだろう。
「んじゃ、穴開けるよ。」
腹部を切開し、そして卵巣を取り出す。術後の負担が大きな手術でも、リビングデッドであれば心置きなく出来る。リビングデッドには痛覚はあっても、それを感じる心が無いのだから。
「先輩、あの画家なかなかに面白い絵を描きますね。まるで我々が悪魔で、地獄で罪人を罰しているような絵でした。」
肉を断ち、刃は進む。冷めた血は久し振りに流るるを思い出す。
「侮辱的だが、それは事実だ。あまり画家を責めないであげてね。」
皆わかっている。理性的に考えれば、これは社会に必要な仕事だ。今のドイチェス合衆国は経済も軍事もリビングデッドに頼り切りだ。だけど、感情が、心が理性の邪魔をする。だから私たちは蔑まれ、自らを蔑む。それが合理的で無いと知りながら。
社会の為にどうあれるか?私たちを生かす社会は、今や私たちに生かされている。私たちの進化に比べて、文明の進化は極めて急速に行われるのだ。
「いつもの先輩なら、バーカ、わからずやだね。とか言いそうなのに、やけに甘いですね。やっぱ彼氏すか?」
目的のものを取り出し、それを捨てる。
「バーカ、違うから。」
もう片方は二人が取り出し、縫合に取り掛かる。
「フランさんも角には置けませんね。私も新しい彼氏作ろうかな。」
リビングデッドの手術は結構早く終わる。麻酔も必要ないし身体への負担も考えなくて良い。これほど簡単な手術があるだろうか。
まぁ、これらは動くのだから最低限の配慮はしなければならないが、その配慮も生者と比較すれば微々たるものだ。
身体が生きているのなら、それ以外はどうでも良い。
「てか、あれ彼氏じゃ無いなら取り持ってくれませんか?友人なんでしょ?」
ニック、顔も頭もいいし、私のおかげで運動もできる。でも彼は結構残念だ。彼には苦いという味が存在しないし、何より理屈よりも感情を優先する。それはいいところに見えるかもしれないが、私たちのような人間とは絶望的に合わない。そして何より死者蘇生だ。あれが彼にどこまで影響してるのか私もわからない。つまり、今後彼の身に何が起こるか見当もつかないという訳だ。
「やめといた方がいいと思うけどな〜。顔だけだよ、彼。」
我々の身体には未だ尾骶骨が残っている。それに比べて医療や建築技術といった、人が創り出した存在の進化は極めて速い。なら、人が創り出した人の進化は?
「本当に、顔だけだから...」
頭はそんな御託を並べるが、本能はコーカスの頂に磔にされ、その肉体が鷲に啄まれる恐れている。
死。私はそれが恐ろしい。その恐怖は私の知的好奇心を凌駕する。
死よ、汝、死にたまえ。
「ほらやっぱ彼氏なんじゃ無いですか?」
聖書における人と神のように、被造物が創造主を愛するということはあり得る。しかし創造主が創造物を愛する、それは懐疑的だ。私が思うに神は気ままで独善的である。上位存在であるゆえに、その思考のプロセスを垣間見ることは我々には決して叶わない。
「だからそうじゃ無いって!」
リビングデッドの手術は手術というよりも工作に近い。こう言ったのは誰だろうか。ともかく、リビングデッドの手術は本当に簡単だということだ。
「縫い終わりました。」
やはり手先は二人の方が器用だ。あと数年もしたらこっちの仕事は完全に任せてしまってもいいかもしれない。
「んじゃ先上がっちゃっていいよ。Bチームの方はあと数時間くらいかかりそうだし。」
向こうの台は血だらけだ。リビングデッド手術の腕は滴る血の量で計れる。つまり、そういうことだ。
「どう、スケッチ。」
精巧に描かれた心臓だが、どうも私の記憶とは下の部分が合わない。まぁ、血で濡れていたのだから仕方ないだろう。まじまじと心臓を掲げて見せてあげてもいいが、それは私の本分ではないだろう。
「見るかい?」
彼は1ページずつページを捲って見せてくれた。正直、自らの手で捲ってじっくり実物との相違点を探したいところだが、生憎私の手は血で染まっている。
「あぁ、これか。確かにクライヤーが憤る気持ちもわかるね。」
悪魔達が人間の臓物を引き摺り出している。その絵の人間は苦しんでいるように見えるが、それとは別に顔には生気がない。またこれらの悪魔達の表情は真顔か、ほんの2匹程度が悲しそうな表情をしているが、それらすべての眼は虚ろいでいる。
まるで私達だ。
「いや、違うんだ、いや、ただ、あぁ。すまない、思ったままに描いたらこうなった。」
上手くできている。あれらは死んでいる。苦しむ事はない。しかし、だが私たちはそれらに感情移入してしまう。眼ではわかっているのに、表情はそれを邪魔する。
「別にいいよ。私たちは自分がどういう存在なのか理解してるし。」
「それに、これは私たちを描いたものでは無いんでしょう?」
この絵、この視点。これはあまりに俯瞰的に見える。ある部分では立体的だが、ある部分では平面だ。彼の腕ならば、もっとこう、立体的に描けるはず。だってこの絵、それはまるで絵の中の絵に見える。
「あぁ、多分、僕はそのつもりで描いたんだと思う。僕は君たちの絵をそのまま描くつもりであったが、記憶と僕に介在する僕が酷く皮肉屋だった。結果、これは社会を冷笑するような醜い比喩になったんだと思う。」
この絵は今の社会を皮肉った絵だ。社会道徳と理屈の二律背反。リビングデッド技師は社会的に最も嫌われる仕事だ。
社会は薄々理解している。死体をも働かせなければ拡大し過ぎた経済を維持することすらできない事を。ゆえに、この視点から見る人間は苦しんで見えるし、悪魔は無表情なのだ。
「そんなに自分自身を虐めなくていいよ。私はこの絵の発想を興味深いと思っている。ひとつの風刺としてね。でもクライヤーがああ言ったのもわかる。彼は家族と自分自身を支えていくことでいっぱいいっぱいだから、私たちのように社会を冷笑して、教養を交換し合う暇なんてない。」
「だから貴方は獲得する、もしくは思い出す必要がある。現時点での社会の構造を、そして貴方の経験の中の他人をね。」
「例えば、教養。それは余裕のある人間にしか身に付けられないアクセサリーでしかないし、またそれはとても醜い、私達の人間的な部分を覆い隠す黒いヴェールでしかない。」
「そんな当たり前のことを貴方はこれから思い出す必要がある。」
貴方が生者であり続けるために。
「さ、私たちも上がろう。肉食べたいや。」
「待っ...え?肉食うのか?」
「仕事の後だからね。」
「僕は、辞めとくよ。それと帰ったら話したいことがある。」