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生きる意思



 経過報告 9月30日


 私が私という形を会得してから、2日ほど経った。私は日記という形で私自身に起きた、日常の何気ない物から特筆すべき物まで幅広く記述していきたいと思う。

 最初に私がこのような事を始めた理由から記していこうと思う。

 まぁ、端的にいうのであれば彼女、私の創造主であるフラン・K・スタイン氏(以下フラン)にやれと言われたからと言う訳だ。まず、彼女はリビングデット理論とやらからプロメテウス理論とやらを見出したそうな。そのプロメテウス理論に基づいて復活させた死体が私らしい。という訳で今後、私自身の精神に起こる変化について観測する為に日記をつけて欲しいということだ。


 ここからはこの2日間について私自身が感じた事、考えた事を記述しよう。

 ではまず、1日目、フランは目覚めたばかりの私にこう質問した。死後の世界はあるのかと。これについて私はわからないと答えた。なぜそう答えたのか、それは私自身の記憶があの時は安定していなかった為である。

 勿論、今現在の私の記憶が安定しているという訳では無い。何せ私の記憶は穴だらけなのだから。

 もし、同じ質問が今の私にされたらこう答えるだろう。

 私は川から引き揚げられた。その川は際限無いほど深く、その下に行くほど快、不快という感覚が消えて行き、上に行くほど強くなる。そして上に行くほど、自身の形が鮮明になって行く。

 だが、正直この川こそが死後の世界だと言われると私は納得しかねる。だってこれでは救いも苦しみもないでは無いか。それに川というのもよくわからない。なぜ川である必要があるのだろうか?

 

 さて、次は何について記そう。そうだ、私自身の現在の状態について記そうか。

 

 まずは精神面に関する事だ。

 私の持つ記憶はまるで雑音の多いラジオの放送のようであり、また同時に所々ページが破れたコミックや本のようにも思える。つまり私の持つ記憶がまるで自分のものでは無いように感じるのだ。しかもその記憶自体も所々抜けている。

 例えばそうだな、ニックだ。私はニックの言うらしいが、私は私のフルネームを思い出せないし、このニックという名前が私の名前であると言われると、懐疑的に感じてしまう。

 

 次に私の肉体について記そうか。


 私は私の脚と右眼に違和感を感じている。まるで自分の物では無いように。いや、自分の物では無いのはそうなのだが。

 それもそのはず、この肉体は継ぎ接ぎの肉体である。

 フラン曰く、貴方の肉体の7割を占める部位は戦争で脚と右眼を失い失血死したらしいよ。だから足りない部位を適当にいい感じのやつで埋めといたよ〜。だそうな。

 では、具体的な事例をだそう。私の眼だ。

 私の眼は左右で視力が大きく異なると思う。左眼は近視の傾向が見られるが、右眼はその真逆で遠くまではっきりと見える。山を飛ぶ鳥の種類がわかるくらいには。

 いい感じの眼鏡が欲しい。

 次に脚だが、こちらはさほど問題がない。むしろこの脚は素晴らしいと言わざるおえない。

 歩行に問題は無いし、走ることもできる。50mを6秒くらいで走れた。私の記憶が正しければ、私の肉体はこんなにも速く地面を駆けたことはない。

 本当にこの脚は素晴らしい。むしろ、私の7割を占める部分の方が脚に置いてかれているくらいには。

 

 では、今日はこの辺で終わろうか。


 追記 貴方の料理は素晴らしい。しかし、ミネストローネはもっと甘い方が好みだ。それと居候の身で烏滸がましいが、量はもう少し、欲しい、かもしれない。


 --------


 「フラン、昨日の分の経過報告。」

 

 私は彼に日記をつけさせた。それで彼の状態を解析できれば、彼が今どういう状態なのか、私が彼をどう扱うべきなのか分かる。勝手な願いだが、彼には死んでいて欲しいと思っている。もし、生きていたら...彼と私の選択次第で世界が変わる事になる。私はただ科学者として知的好奇心を満たして居たいだけなのだ。それで金が貰えるなら、それでいいし、私の研究を利用して誰かが世界の仕組みを変えても別にどうでもいい。だけど私が、私自身が世界を変えてしまうのは嫌だ。責任なんて嫌だ。私は自由に生きて居たい。

 

 「よくこんな書けたね。どれどれ...」


 健忘症と離人症的な症状、解離性障害のように感じられるな。私は精神科では無いから断言できないが、まぁいいや。頭の中では誰でも専門家だ。

 眼鏡の必要がありそうだ。多分右眼は狙撃兵の眼だろうか、それで脚は伝令兵か、それか特殊部隊の脚か。全部戦場の拾い物だしそう考えるのが適切だろう。


 「はぁ?別に量は増やしてあげるけどこれ以上甘くしたらミネストローネ本来の良さが無くなるでしょ。馬鹿なんじゃ無いの?」

 

 リビングデットには命では無い。なぜなら魂が無いからだ。彼らは意思器官や意識器官、無意識器官などといった概念器官、心があっても魂が無い。故に彼らは生きようとしない。概念器官が停止しているからだ。

 しかし彼はどうだ?糖分を求めて、食事量の改善を訴えてきている。これは彼が概念器官を正常に働かせている証拠であり、また魂がある証拠と言える。これをどうしてリビングデッドと言えようか。彼は定義上の生者なのだ。


 「いや、甘い方が美味しいだろ!野菜なんだから。」


 まさか無意識器官での曼荼羅の知覚ということが命の発生条件だとは思わなかった。

 これでは本当に魂というものも概念器官の一部なのでは無いかと思えてくる。そして、もし、本当にそうだとしたら世界が変わるぞ。

 人をリビングデットに、リビングデッドを人にできるかもしれないのだから。それどころか、それを応用してもっと...


 「バーカ!ミネストローネの味は絶対変えないから!」


 時計は12を指している。そろそろ昼ご飯にしないと。昨日のミネストローネとパンでいいだろう。

 

 「わかった。すまなかったよ、フラン。」


 彼は少し残念そうな顔をして居た。私はその顔を悍ましく思ってしまったのだ。だって、あれは戦地に転がっている死体だぞ?その死体が動き出して、あんな人間らしい表情をしている。不気味の谷と言うやつ、では無いだろう。だってあの表情は人間そのものだから。なら私は何に対して悍ましく思ったのか。

 答えはすぐに出る。自分の所業についてそう思ったのだろう。


 「あぁ、フラン。少し聞いてもいいかい?」

 

 すでに椅子に座って昼食を待っている彼がそう言った。私は彼の分のスープとパンを机に置き、彼の向かいに座る。面と向かって彼を見ると精悍な顔つきだなと思う。まぁ、元々の肉体の顔が良かったのもそうだろうが、それはそれとして左眼が碧眼、右眼がブロンドアイというアンバランスさがさらに彼の顔の印象を良くしているんだろうと思う。

 こう、彼を見てると、科学者としての悪い好奇心が出てくる。陸上チャンピオンの脚にアームレスリングチャンピオンの腕、軍人の胴体に俳優の顔、それらを組み合わせたら最強のリビングデットが作れるんじゃ無いかなと。

 マッドサイエンティスト的思考だが、死体を労働力にして使い潰そうとか言ってる時点で現行の科学に倫理も何も無い気がする。

 

 「僕が日記に書いた死後の世界、フラン的にはその、どう思う?」

 

 彼は川だとか言って居たが、おそらくだが、これは彼の脳が創り出した空想だろう。確かに死後の世界には川があると言うのは伝承で多く有るが、冷静になって考えると死後の世界に川があると言うのは意味がわからない。理由が無いのだ。


 「私的にはね...正直そう言う死後の世界もあるかもしれない。実際レーテー川や三途の川など死後の世界には川があると言う伝承は多い。」


 「でも、私的にはこれは貴方の脳が創り出した幻想(イメージ)では無いかと思う。だって貴方が日記に書いたように川があると言うのは意味がわからないしね。」


 私はナフキンで彼の口についたミネストローネの拭いた。彼の肌の、その暖かさ弾性は本当に彼が人間であると主張しているように感じる。

 さて、彼についてどう言い訳しようか。私の頭はそれでいっぱいだ。


 「それに、もしそれが本当なら救いが無い。私はそれじゃ嫌かな。」


 「まぁでも、感情抜きにして話すなら、今現在の科学で予想できる死後の世界はそんなもの無いって言っちゃうかな。無ってこと。」

 

 やはり、ミネストローネは甘過ぎず酸っぱ過ぎずに限る。何事も中庸が良いって、新生命戦争より昔のその昔のそのまた昔のめちゃ偉い人のアリストテレスさんそうが言ってたしね。


 「死んだあとは無か...死ぬのが怖くなるね。一回死んでるけど。」


 この発言こそ彼が生命であることの何よりの証拠足り得るだろう。


 「バッドジョークだね。でもこう言う考え方もできると思わない?」


 彼は首を傾げた。おそらく、彼の穴だらけの記憶の中で問いに必要な情報を探しているのだろうな。そうだ、今度からこういう問いを多めにしていこう。そうすれば彼の記憶が刺激されて、彼の記憶の穴が塞がるかもしれない。まぁいわゆる脳トレというやつだ。


 「貴方が死んでるとき、貴方はそこに居ない。貴方がそこに居る時、死はそこに居ない。つまり誰も死を経験したことがない。だからみんな死というものは恐いものとしている。」


 まぁそんな理論で死を恐れるなとはいかないけどね。だって私たちの概念器官全てに死を恐れろってプログラミングされてる訳なのだから。


 「それは確か、リビングデッド理論が流行る前に流行った論法じゃ無いっけか。」


 リビングデッド理論は心理学と科学の結晶、故に大衆には理解しづらい。私は彼からその言葉が出るとは思わなかった。

 

 「よく知ってるね。」


 「まぁ、そこの本、勝手に読んだからね。」


 指は本棚を指している。確かにあの本、リビングデッドと死の概念、私の並べ方では絶対に入らないところにおいてある。


 「本当だ。リビングデットと死の概念読んだでしょ。あれ実は入れる位置違うよ。私は五十音順右並びで整頓してるから。貴方は五十音順左並びで並べたね。」


 「あ、確かに。ごめんね、フラン。」


 「別に良いよ。でも良くあんな小難しい読んだね。」


 リビングデッドと死の概念。確かにリビングデッド関連の中では読み易いほうだがそれでも割と難しい。あれを理解するには初歩的な心理学の知識が必要である。


 「いや、実はあんまり理解出来てないんだ。特にイドやらデストルドーだとかのその辺。聞いたことない単語が多くてよくわからなかった。」


 「フロイトとかアドラーのあたりだね。今度時間ある時一緒に読んであげるよ。」


 私は彼をただの生者、科学者フランの教え子的な存在としておくことで、彼の真実を世間から隠すことにした。

 当時の私は史上初めての再誕者をただ観察してみてかったのである。これは純粋な知的好奇心からきていたのだと言いたいが、そうではない。ただ、ヤケクソというやつだったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

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