死人歩き、あるいは新しきプロメテウス
死よ、汝、死にたまへ。
私は川に溺れる。その川は無限と形容するほどに深い。だがなぜだろうか、私は下の暗黒の世界に焦がれている。だが、私の身体は上の方に引っ張られる。だが、その明るさが私は怖い。その明るさが私の魂を爛れさせてしまのではないかと思うのだ。だから、私はそれが怖い。
「擬似曼荼羅を知覚、魂魄再構築。」
私の意思と無関係に私は上に向かう。それど同時に私は痛みを知覚した。どこが痛いだとか、そういうのはわからない。とにかく痛いのだ。
明るさが増す。それにつれて私には私の形があることを知る。
また明るさが増す。私の形はまるで星のような形をしていることがわかる。
明るさがさらに増す。私の痛みはさらに大きくなり、そして少しばかり、私の腹になんだが不快感が産まれた。まるで腹の中が空っぽであるような感覚だ。
「再上映開始。」
私の痛みが完全に身体の一部に収束する。腹部と右腕、そして右眼が痛い。
「誰?」
私は目の前には金髪碧眼の、典型的なゲルマン系の女性が居た。いや?私は何を思考している?この私から溢れ出る言葉はなんだ?
「え...やば。」
私の身体は管や電極で固定されていた。私はそれを無理矢理に外し立ち上がった。私は私の脳内に溢れる思考に倒錯してしまいそうなのだ。
「勝手に立った...」
彼女は唖然としていた。まるで私が立つことが不自然なように。
「痛い...血が出てる...」
私は私の身体を観察する。前身が包帯まみれなのがわかるし、また包帯から血が滲んでいるのがわかる。だが、私はなぜこの怪我をしたのか...あぁ、高いところから落ちたのか。いや?これは、記憶?私の疑念を思うと同時に頭の中に無数の言葉が生まれる。なぜ高いところから?これはわからない。私の中にある記憶という臓器が私にそれを教えることを拒んだのであろうか?
「痛みの知覚!?それは...私はなんてものを...」
彼女は私が痛み、というものをちかく、あぁ、知覚したことに驚いたらしい。それはなぜ?どうやら痛みというのは生者の特権らしい。生者の特権も何も、私は生きている。
「え、なにか憶えているとかないの?こう、名前とか。」
彼女は私になまえというものを憶えているか聞いてきた。そう、なまえ、名前だ。私の、私の名前はニック、ニックと言うらしい。
「ニック、ニックと言うらしい。」
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2050年、生物に関するある事実が発表された。その事実はあまりにも合理的で、非情だった。
2075年、新生命戦争勃発。人類の7割が死滅し、文明は徹底的に破壊された。
それから約300年後。新生歴135年、電気や石油などが製造業の分野において使用されるようになり、それらを使った機械が増えた。そして社会は大量生産・大量消費社会となる。
急速に拡大した経済に対して、不足するその担い手。そこで人類は死体を一つの労働力として認識するようになる。それが死して尚、動く者である。
「擬似曼荼羅を知覚、魂魄再構築。」
意識は曼荼羅を知覚することで生を知覚する。つまり、死人に擬似的な曼荼羅を見せれば意識は生を知覚できる。意識が生を知覚すれば、肉体は動き出す。
私の理論が正しければ、擬似曼荼羅を意識に知覚させたあと、完全に再上映して動き出す前に、魂魄再構築を行えるはずだ。そうすれば命令を聞くだけでなく、考えるリビングデットができる。
魂魄再構築、これは人の肉体は睡眠の段階において行われる極一般的な行為だ。つまり、眠っている状態、まぁ意識では曼荼羅を見失っているが、無意識下で曼荼羅を知覚している状態を再現すればいい。だが、死人は無意識下では絶対に曼荼羅を知覚できない。
しかし、私の理論が正しければ、特定の周波数の微弱な電流、これは人間の脳で常に発生しているもの、それを連続的に与え続ければ死人の無意識器官は曼荼羅を知覚できているの勘違いするはずだ。
「再上映開始。」
私は自らの理論に従い、自身の名声、名誉、地位のためにそれを再上映させた。
「誰?」
「え...やば。」
このリビングデッドは私に誰と発した。これが何を意味するか。
「勝手に立った...」
このリビングデッドは私の命令なしに立ったこれが何を意味するか。私は完璧なる死人を造った筈だ!理論に誤りがあったのか!?私は死人を、死人を造っていなかった!
「痛い...血が出てる...」
いや、違う。私のプロメテウス理論に誤りはなかった。結論が間違っていたのだ!私はプロメテウス理論通りに死体を操作することで完璧なるリビングデッドができると勘違いしていたのだ!
「痛みの知覚!?それは...私はなんてものを...」
痛みの知覚。それは意識器官が完璧であり、肉体的にも精神的にも生きているときにしか起こり得ない。つまり、この死人は生きているのだ。
あぁ!私はなんでことをしたのだろうか!私がしたのは再上映ではない、死者蘇生だ。
「え、なにか憶えているとかないの?こう、名前とか。」
私は最終確認のために彼に名前を聞いた。これでもし、彼が記憶を持っていたのならば、記憶を持ち、意識器官が生きていて、肉体も生きている死人ということになる。つまり生者だ。
「ニック、ニックと言うらしい。」
私の前には完全に生きた人間が立っていた。
「君の名前は?こういう時って名前を聞くって、私の記憶が教えてくれた。」
「え、私は、フラン。フラン・K・ステイン。」
そう、私はフラン・K・ステイン。初めて死者蘇生を、いいや、人工的に生者造った女。後にプロメテウスと呼ばれる事になる女だ。