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「本当にここまでよく頑張ったわね」


 今日の訓練は終わり、私はアドに労いの言葉をかけた。


「明日は基礎を少しさらって解散だから、本格的な試験対策は今日で終わりね」


 目の前で汗を拭うアドはタオルを置くと、私に向き直った。


「ここまでのご指導、ありがとうございました」


 綺麗にお辞儀をするアドに驚きつつ、私は泣きそうになる。


「明日が楽しみだね、先生?」

「? うん!」


 顔を上げたアドが意味ありげに笑ったが、私は気付かずに笑顔で返した。


「アド、陛下とちゃんとお話しできるといいね」


 アドの隣に並んで訓練場を見渡す。


 隊長さんとアークが地面をならしていた。


「俺は別に……」


 少し拗ねたように言うアドに、少し子供っぽさが感じられ、つい笑ってしまう。


「きっと驚いて、アドを抱きしめてくれるんじゃないかな、陛下」

「……親父になんて気色悪い……」


 私の言葉にアドが憎まれ口をたたく。


「ヘンリー殿下もきっと喜んでくれるよね」

「…………は」


 ニコニコと話していると、アドが拗ねた顔のままでこちらを見ていた。


「お前は……抱きしめてくれないのかよ、合格したら」

「うえっ!?」


 最近甘い態度が無かったので、急に来られると心臓に悪い。つい変な言葉を発してしまった。


 むー、っとした顔でこちらを見るアドは、甘い、というより…………


(甘えてる?)


 年下らしさを見せるアドに私は可笑しくなり、つい言ってしまった。


「ふふっ、先生、アドが合格したら、飛びついて喜びそう!」

「そうかよ」


 私の言質を取った、と言わんばかりにアドが悪い顔で笑った。


(あれっ? 私、何か間違えた?)


「覚悟しとけよ」


 赤くなって固まる私に、アドは口の端を上げると、隊長さんとアークの元へ走り出して行った。


「????」


 アドが去った後も顔の熱が収まらない私は、隊長さんとアークと一緒に地面をならすアドから目が離せなかった。


☆☆☆


「お疲れ様です、ミュリエルさん」

「お疲れ様です! アロイス様」


 研究棟に帰って来た私は、入口でアロイス様と出会した。


「アドリア殿下はどうです? 明後日の試験は合格できそうですか?」

「はい! あとは本人が本番でも力を出せるかですけど、殿下なら合格すると思います!」


 アロイス様の問に私はガッツポーズで答えた。


「そう……ですか……」


 なぜか歯切れの悪いアロイス様は、そのまま考えこんでしまった。


(あれっ……また様子がおかしい……)


 アロイス様の顔を覗き込むと、彼はすぐに困ったように笑ってみせた。


「何でもありません。……それよりミュリエルさんにお手伝いして欲しいことがあるのですが、よろしいですか?」

「はい? 私にできることなら、もちろんです」


 アロイス様に違和感を感じながらも、彼がそういうのなら、と様子がおかしいことは突っ込まなかった。


 私はそのまま研究棟に入らず、アロイス様のお手伝いのため彼の後ろに付いていった。


「ミュリエルさん、どうぞ」

「研究棟のお仕事じゃないんですか?」


 ドロー侯爵家の家紋が入った馬車まで来ると、御者がドアを開けて待っていた。


「魔法学校関連のことなんですが、着いたら説明しますね」

「? お願いします」


 アロイス様に手を取られ、馬車に乗り込む。


 馬車は魔法省を出発し、城下町へと下っていく。


 向かいに座ったアロイス様は何も話さず、腕組みをして俯いていた。


 小窓にはカーテンが降ろされ、外の風景も見えない。ただならぬ空気の中、私は思い切ってアロイス様に声をかけた。


「……魔法学校って、私、クビになったのに、行って大丈夫なんですかねえ?」


 シーンとした空気が馬車内に流れる。


(ううっ! どうしたんだろアロイス様? さっきから黙ったままで暗い顔してるし。私、何かしたかなあ?)


 気まずい空気のまま、かなりの時間が経った頃、馬車がガタンと止まる。


(あれ、魔法学校ってこんな遠かったっけ?)


 魔法省からほど近い、城下町を抜けた所に大きな建物、魔法学校はある。生徒からバカにされようが、授業をボイコットされようが、通い続けた職場だ。忘れようがない場所。


「ミュリエルさん……降りてください」

「えっ! は、はい!」


 考えているうちにアロイス様に声をかけられ、反射的に返事をしてしまう。


 ドアが開けられ、御者に手を取られ、私が先に降りる。


「え……ここ、どこ?」


 魔法学校ではないが、立派な門構えのお屋敷の前に私は降り立った。


 呆気に取られていると、手を取られていた御者に魔法で両手を拘束されてしまった。


「なっ!?」

「油断するなよ、ミュリエル」


 その御者は、被っていたマントを頭から外し、姿を見せる。アンリ様だった。


「なん、でアロイス様と……?」 


 未だに馬車から降りて来ないアロイス様は、顔だけ覗かせて言った。


「ごめんなさい……、ミュリエルさん! これも研究棟のためなんです! あなたが殿下の家庭教師さえ引き受けなければ……っ!」

「えっ、どういうことですか!?」


 頭を下げるアロイス様に事情を聞きたいのに、彼は謝罪だけ述べるとすぐに馬車のドアを閉めてしまった。


「アロイス様!?」

「おっと、お前はこっちだ」


 両手を魔法で拘束され、縄のようにアンリ様に繋がった魔力で私はぐい、と引き寄せられる。


 アンリ様に寄せられた隙にアロイス様を乗せた馬車は走り出してしまった。


「アロイス様っ!!」


 私の叫びは彼に届くこともなく、無情にも馬車は遠ざかって行ってしまった。

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