表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/43

1

「ミュリエル、お前との婚約は破棄する」


 突然、婚約者からそんなことを告げられた。


「アンリ様……? 来年の挙式に向けて準備は進んでおりましたのに、どうして突然……」


 困惑する私に婚約者のアンリ様は畳み掛ける。


「俺は、やっと真実の愛に気付いたんだ!!」

「……はい?」


 拳を握りしめ、天を仰ぐアンリ様。茶色の髪がふわりと舞い、綺麗な赤い瞳は閉じられる。


「大丈夫。相手は君の妹だから、日程通り挙式はあげられるさ!」


 マジで?


 喜々として告げるアンリ様に、私はあんぐりと口を開けた。


(堂々と妹に乗り換え宣言とは、どーいうこった!)


 あんぐりと固まる私にアンリ様はとどめを刺す。


「妹のクリスティーは君より可愛げがあって、何より、魔力もある。シルヴァラン家にとっても良いと思うんだ!」


(あ、それ言っちゃうんだ……)


「俺とクリスティーは以前から想い合っていたんだ。シルヴァラン伯爵も了承してくれた!」

「へ、へ〜え」


 熱く語るアンリ様に、私は乾いた返事をする。


 妹と浮気をしていたことを堂々と宣言したかと思うと、父も二人のことを了承しただと。


(どうかしてるわ!!)


「だからミュリエルは俺のことは忘れて、他の幸せを見つけてくれ」


 震える私にアンリ様は肩に手をポン、と置いた。そして嬉しそうにその場を走り去って行ってしまった。


 アンリ様の目指す先には妹のクリスティー。


 辿り着いたアンリ様の手を嬉しそうに取り、微笑んでいた。


(マジ、かあ……)


 呆然と二人を見ていた私に、クリスティーは振り返り、勝ち誇った表情をしていた。


 こうして私、ミュリエル・シルヴァランは19歳にして、婚約者にあっさりと捨てられた。


☆☆☆


「おかしいなあ、とは思ってたけどさ!!」

「妹と浮気なんてドン引きだわ。まあ、結婚前にわかって良かったじゃん」


 魔法省にある研究棟にお酒を持ち込んだ私は、親友で同い年のイリスに愚痴っていた。


「ていうか、あんたの妹、魔法省で他の男と噂になってなかったっけ?」


 エールの入ったカップをぶらぶらさせてイリスが首を傾げる。


「ううん……いっぱいありすぎて誰かなんて覚えてないわよ……」


 私は酔っ払った頭で、妹が噂になった相手を何とか思い出そうとするが、多すぎて出てこない。


「はー、よくやるわ。しまいには姉の婚約者をねえ……」


 呆れた顔でエールをぐびっと飲み干すイリス。私も手元のエールを飲み干して呟いた。


「クリスティーは可愛くて魔力もあるもの……」

「ミュー、あんた、昔はそんなじゃなかったのに、どうしてそんなやさぐれちゃったのよ!」


 カップを机にドン、と置き、イリスが私に詰め寄る。


「いや――、だって本当のことだし……」


 へらりと笑う私にイリスは怖い顔で続けた。


「あんた、令嬢だって平民だって、女だって男だって関係無い、魔法は全てに等しくある、って魔法学校時代言ってたじゃない」


 そういえばそんなことを言っていたな、と思い出す。


「私は、そんなあんたがカッコよくて憧れで……」

「イリス?」


 イリスは言葉の途中で机に突っ伏して寝てしまった。


「憧れ、かあ……」


 今では魔法省の研究室で薬や魔法具を研究するイリスは、皆から一目置かれている。


 水色の髪、同じ色の瞳を持ったこの親友は、ブロワ侯爵家のご令嬢なのだが、学生時代何故か気が合い、今でも飲み合う仲だ。


「憧れなのは、私の方かな?」


 すっかり寝入ってしまった親友にブランケットをかけると、私は彼女の隣に座り直し、エールの続きを飲む。


 私の家、シルヴァラン家は、代々優秀な魔術師を輩出する。幼い頃から、魔法に関する書物を読み漁り、呪文の構築や魔法陣の構成を大人顔負けでやってみせた私は、神童と呼ばれ、将来を期待された。


 少ない魔力量も成長するに従い増えるのだろう、シルヴァラン家を継ぐのは姉のミュリエルだ、と皆疑わなかった。


 同じく魔術師を輩出するクラリオン伯爵家の次男、アンリ様と婚約が決まったのは魔法学校に入学する前。


 結局、私の魔力量は増えることは無く、在学中に両親の期待は妹のクリスティーに向くようになった。


 私と同じミルクティー色の髪の妹は、魔力量は人並みだが、治癒魔法が得意だった。この国では魔力量が絶対。そして、治癒魔法は重宝されていた。


 色素の薄い茶色の瞳の私に対して、クリスティーの瞳の茶色は濃く、周りからは「魔力量の濃さが滲み出ている」などとよく揶揄された。


 クリスティーは両親に甘やかされ、自分の思い通りにならないと気がすまない性格だ。両親の期待がクリスティーに向くようになり、私の家での存在は空気に成り果てていた。そして外では愛らしく振る舞うクリスティーに皆が夢中になった。


 学校を卒業して魔法省に就職してからも、クリスティーに言い寄る男たちの噂は絶えなかった。


 そんな中、いつからだろう。アンリ様とクリスティーが二人でいる所を魔法省で見かけるようになったのは。


 最初は仕事だと思っていた。二人は同じ部署に所属していたから。


 でも、二人の醸し出す甘い空気に違和感を覚えるようになった。思えば、二人はあの時からすでに付き合っていたのだろう。


 クリスティーの勝ち誇った顔を思い出し、溜息を吐く。


 昔は仲の良かった家族だったのに、どうしてこうなってしまったのか。


 そんな環境で私が令嬢らしからぬ、やさぐれてしまうのは仕方ないと思う。


「あーあ、仕事で生きるしかないかあ……」


 魔力量は少ないものの、幼い頃からのガリ勉のおかげで何とか魔法省に入った私は、必死でここにかじりついていた。


(ここさえ失ったら、お父様もお母様も、今度こそ私を見放すんだろうな)


 すうすうと寝息を立てるイリスを横目に、私は残りのエールを飲み干した。

お読みいただきありがとうございます!

続きが気になったらブックマークしていただけると励みになりますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ