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赤夜  作者: 璃玖
8/11

一章──第二夜、始まりの日

 †



『おいコラ!早くここから出しやがれ!』


 テーブルの上でガタガタ音を立ててゆれるガラス瓶をつまみ上げて、彼は欝陶しげに目を細めた。


『このオレ様をこんな狭苦しい入れもんに押し込めるなんて、このクソガキ!お前あとで痛い目見るからな!』


「…召喚魔の分際で、こざかしい。瓶詰にして正解だったな」


 意図的なのかそうでないのか、嘲るように笑う少年に彼は(ハラワタ)が煮え繰り返るような怒りを覚えた。

 狭く不自由な瓶の内側で、怒りにまかせて青い炎を燃え上がらせれば、少年は愉しげに目を細めた。



遊魂(ユウコン)…、か。中々愉しませてくれそうだな」


 不気味なほどに嬉々とした笑みに、彼は悪寒すらも覚えた。


「ちょっとしたお遊びだよ。簡単な頼みごとを一つだけ、聞くだけでいい」


『な…なんだよ』


 瓶のなかで思わず身構える彼を見下ろして、不気味な笑みをさらに広げた少年は言った。


「裏切り者に、制裁を」


『はあ?』


「手段は問わない。ただ、お前ら遊魂としての能力を使って、暴れればいいだけさ」


『…要するに、誰かを襲うんだな?まかせとけ。で、誰なんだよ、その裏切り者って』


「…ルヴィアン・セナ。我が崇高なる一族から生まれた、汚れた人間」


『言っておくけどな、命の保障はないからな』


「構わないさ。生かすも殺すも、お前次第」


 瓶の中で揺らめく炎を眺めながら、少年は満足そうに微笑んだ。



 †



 嫌な夢を見た。

 誰かが、死んでしまう夢。車にひかれて、命を落としてしまう夢だった。

 それは目の前で起こった出来事のはずなのに、どこか別の世界である気がしていて。助けなければと思っても、それができなかった。


 足が動かなかった。

 ただ見ていることしか、できなかった。


 なぜだろう。

 地面に広がる紅い鮮血が、網膜に焼き付いてはなれないのは。













「───っ!」


 勢い良く起き上がってみると、そこはいつもの部屋だった。

 横たわる人影も、流れる血もない。


「………」


 額から流れる汗。ドクドクと波打つ自分の心音が、耳に痛かった。


「ニャー」


 放り出した掛け布団がもぞもぞと動いて、中から璃央が顔をのぞかせた。璃玖は布団にうもれた飼い猫を、あわてて抱き上げる。


「…ごめん、つぶしちゃったね。おはようリオ」


 そういって頭を撫でてやれば、璃央は満足そうに喉をならしたのだった。



 着替えを済ませて、璃玖は音を立てないように自室のドアを開いた。リビングからキッチンへと視線を走らせ、誰もいないことを確認する。


「…よし、おいで璃央」


 冷蔵庫からミルクを取り出し、シリアルを入れた容器にそそいだ。それを璃央の前に出してやれば、璃央はニャアとひと鳴きして、おいしそうに食べはじめた。


「…飼い猫がいることは知ってるのに、いまさら何をこそこそする必要がある?」


「!…若松くん」


 背後からの声に振り返れば、そこにはルームメイトである少年の姿があった。


「おはよ…は、早いね」


 居心地の悪さをごまかしたくて、それとなく会話をする。


「無理しなくていい。別に、アンタと関わるつもりもない」


「………」


 関わるつもりもないのに話し掛けてくるなんて、矛盾してる。もちろんそんなことを言葉に出す勇気など、璃玖にはなかった。

 男の人が苦手なのは、今も変わらない。関わりたくもないし、言葉を交わすことすら望んでいない。

 けれど彼には、璃玖にはとうてい理解できない深い闇があるような気がして。璃玖は小さく息をついた。


「リオ、ちゃんと残さず食べてね」


 そう言い残して、璃玖は洗面所へとむかった。






 顔を洗い終えて食堂へ行けば、いつものようにたくさんの生徒がいて賑やかだった。日当たりのいい窓側の席に、水未の姿を探す。


「璃玖、おはよ!」


 水未はいつものように、璃玖よりも早く席についていて、璃玖にむかって手をふっていた。


「どう?ルームメイトとの生活」


 席に着くなり、水未は心なしか楽しそうに話してきた。


「ひど、他人事だと思って」


「だってさ、泣きながら電話かけてきたんだもん。ビックリしたんだよ?たくさん荷物が運ばれてきて、今日から同室で寮暮しだって。でも何かそのうち…おかしくなってきちゃって」


 くすくすと声を押さえて笑う水未に、璃玖は不機嫌に頬をふくらませた。


「ごめん、怒るなって。それでも悪い人ではないからって言ったの、璃玖だよ?」


「…何を根拠に言ったのか、自分でもわかんないけど」


「璃央もいるし、我慢できるって言ったじゃん」


「…弱みを握られているとも言えるよね」


「嫌になったら、いつでもアタシの部屋おいで、添い寝してあげる」


「わ、やった」


「バカ、喜ぶな」


 水未に乱暴に頭を撫でられ、せっかくセットした髪がぐちゃぐちゃになってしまった。

 気のない謝罪とともに渡された小さなコーム片手に、璃玖はトイレまで鏡を求めて走るはめになったのだった。


 †


 日直といえば、その日一日を先生から言い渡される仕事をすべてこなさなければならない、言わば雑用係である。


「日直だなんて聞いてない…ショック」


「仕方ないじゃん、璃玖の前に日直やるはずだった津田さん、体調不良で休みだったんだから」


「知ってるよ!知ってるから、そう何度も言わないで悲しくなる…」


「そー落ち込むなって、今日一日ひたすら雑用こなすだけじゃん?」


「嫌味にしか聞こえない」


「嫌味だもん」


「サイテー」


「結構、結構」


 すっかり楽しんでいる様子の水未に璃玖は恨めしげな視線を投げ付けながら、ため息をついた。


「水未に一つお願いが」


「日直代われってのはナシ」


「水未じゃないもん、そんなこと言わないよ。遅くなるって思わなかったから、璃央のご飯用意してこなかったの。あげておいてもらっていい?」


「あいよ、了解。ほいじゃ日直頑張んなよ」


「他人事だなあ」


「他人事だもん」


 その後、朝のホームルーム終了から早々に仕事を言い渡されて、璃玖の哀れな日直の一日が始まったのだった。






「先生ってば、人使いが荒すぎる…」


 両手いっぱいに重いプリント資料を抱えて、璃玖は本日二度目となる職員室から資料室までの廊下を歩いていた。


「こんなんじゃ、授業間に合わないよ…」


 文句をこぼしつつも、与えられた仕事を終えずに戻るわけにもいかず。ひたすら運ぶしかなかった。


「……あ」


 資料を置き開けっぱなしのドアに目を向けると、何の偶然だろうか、できれば会いたくないと思っている人物がそこにいた。


「若松、くん」


 思わず名前を呼んでしまったものの掛ける言葉もなく、妙な沈黙が二人を包む。

 彼もまた資料を抱えていて、どこか面倒臭そうにそれを棚に収めていた。


「……」


 気まずさも限界に達して、璃玖はそのまま逃げるように彼に背を向けた。教室を出ようと早足でドアへと向かう。


 あと一歩踏み出せば廊下に出られる、その時だった。

 触れてもいないのにドアはピシャリと音を立てて閉められてしまった。


「…!…な、なに」


『見いーつけた』


「…伏せろ…!」


 璃玖は、茫然と立ち尽くしたまま。

 獣の咆哮を聞いた気がした。



...NEXT.

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