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赤夜  作者: 璃玖
7/11

再び、保健室へ〔2〕



「せんせー、オハヨ。璃玖来て…る?」


 ノックと同時にドアが開いて、現われた水未と璃玖の視線がぶつかった。

 言いかけた言葉は不自然に途切れ、水未はそのまましばらく立ちすくんでいた。


「…あー、水未ちゃん。元気?」


 一瞬にして凍り付いた空気に、先生は引きつった笑みで水未に手をふった。

 残念ながら不自然きわまりないその動作に、水未の顔から表情は消えてゆくばかり。


「…水未?」


 いつもとは違う水未の不穏なオーラを感じとった璃玖は、遠慮がちに声をかけた。


「璃玖アンタ…何で泣いてるわけ?」


 殺気すらも感じさせるような、低い声。

 まずい、と思ったときにはもう手遅れだった。


 目を見張るような素早い動きで、水未は少年の腕をつかみ上げた。少年は突然のことにもかかわらず落ち着いた様子で、ひねりをかわして逆に水未の手首をとった。


「このクソガキ!璃玖に何した?」


「…あんたは…」


「何したって聞いてんだよ、何で璃玖が泣いてんの!?」


 容赦なく攻撃を仕掛ける水未に、少年もまた巧みにそれをかわした。


「水未待って、落ち着いて!私は大丈夫だから」


 璃玖の言葉が届いたのか、水未はいったん攻撃の手を止めた。

 ただし警戒心丸出しの目は、少年から動かさないまま。


「本当に大丈夫だから。この人は悪くないよ」


 頬に伝っていた涙を手の甲で拭い、璃玖は水未に笑みを見せた。


「本当に…何かされたりしてない?触られたのが嫌だったとかじゃない?」


「うん。泣いた理由は、この子とは関係ないよ。触られたのも、大丈夫だったみたい。自分でも不思議なくらい」


「…そっか、なら良かった」


 安堵したようにため息をついて、今度は先生の方へと鋭い視線を送った。


「センセー、説明してよ」


「わかった、わかったから。睨むのはやめよう、ね?」


 なだめるような口調の先生に対しても、水未の機嫌は一向に良くならなかった。

 諦めたのか、先生は観念したように話しはじめた。


「…彼は若松瀬名くん。この学園の生徒で、璃玖ちゃんのルームメイトだよ」


 先生の言葉に水未は数回まばたきをくり返し、疑わしげに眉をひそめた。


「何の冗談?」


「璃玖ちゃんも水未ちゃんも、その反応はひどいなあ。もっと僕を信用しようよ?」


「日ごろの行いがものを言うんだよ」


 水未の手厳しい一言が飛んで、先生は困ったように眉尻を下げた。



──コンコン



 ノックの音がして、ドアが開け放たれた。

 立っていたのは眼鏡をかけた女性教員で、少年の姿を見つけるなり険しい表情になった。


「…若松くん!」


「あれ、蓮見(ハスミ)先生」


「あれ、じゃありませんよ、神崎先生。どこを探してもいないと思ったら…いきなりいなくなったりして、どう言うつもり?」


「……」


「すみません、すぐに戻らせます。ほら、若松くん」


 神崎先生に軽く背中を押され、少年は露骨に嫌な顔をしてみせた。

 先生はそんな少年を気にも止めず、半ば追い出すように少年と女性教師を入り口まで見送った。


「…ちょっと、アンタ!」


 立ち去ろうとする少年の背中に、水未は何を思ったのか突然声をかける。

 緩慢な動きで振り向いた少年は、水未の瞳を真っすぐに見つめかえした。


「璃玖は大の男嫌いなんだよ。下手に近づいたりしたら許さないから。覚えとけよ」


 水未の刺すような視線や言葉にも、少年はまったく動じなかった。


「…ああ、覚えておく」


 短くそれだけ答えて、何事もなかったように歩き始める。しかし何歩か歩いたところで再び足を止めて、顔だけで水未を振り返った。


「記憶をどうした?…水姫」


 璃玖は目を見張った──少年の口元が、弧を描いたように見えた。


「みずひめ…?」


 少年の口からこぼれた聞き慣れない言葉に、璃玖は聞き返すようにその言葉を呟いていた。


「…璃玖」


「なに?」


「アイツには、極力かかわらないほうがいい」


「水未、何言ってんの…」


「…ごめん、何でもない。変なこと言ったね、気にしないで」


 水未は何かを吹っ切るように言って、それ以上話を続けることはしなかった。


「水未ちゃんに、璃玖ちゃん」


 先生はにっこりと笑みを浮かべて立っていた。


「授業、始まってるんじゃないかな?」


「…あ」


「やばっ!」




 その後二人は、大慌てで教室へ戻ったものの授業には当然遅刻をし、担当教員からの長い説教を受けるはめになったのだった。








 一日のすべての授業を終えて、遅刻のペナルティーとしての居残り学習をさせられたのち、璃玖たちはやっと帰路につくことができた。

 いつもどおりエレベーターで水未と別れ、璃玖はさらに上の階まであがる。疲れ切った体を引きずるように歩いて、自分の部屋の近くまでたどり着いたとき、璃玖は足を止めた。


「……」


「おーい!そっちの荷物も、早く搬入して」


 たくましい筋肉を兼ね備えたバリバリの業者さんたちが、他でもない、璃玖の部屋を行き来していた。


「あ、あの…?」


 作業中の人々に指示を出している、リーダーと思われる男に、璃玖はおそるおそる声をかけた。

 いかつい筋肉マンが、ちらりとこちらを向く。


「あれ、もしかしてこの部屋の?」


「この部屋の寮生なんですけど…」


 答えるなり、彼の太い両眉が鋭角に釣り上げられた。尋常じゃない顔つきに璃玖の恐怖指数が一気に跳ね上がる。

 お取り込み中なら出なおしますと意味不明な言葉をくちばしりそうになって、あわてて飲み込む。混乱しまくりの璃玖のとなりで、彼は思い切り息を吸い込むなり作業員たちに鋭い怒声を浴びせかけた。


「ゴルァァお前等!部屋の嬢さんが帰ってきちまったじゃねえかァァア!!」


「ハイ!すんません!」


「いつまでもトロトロやってんじゃねえよオラ、根性見せやがれ根性!」


「オーッス!!」


 複数の男たちの叫び声が重なり、壁や床が震えた。

 筋肉隆々の男たちはそれまでよりもさらに機敏に動き回り、廊下に積まれていた家具や荷物をあっという間に部屋の中へと運び込んでしまった。


「嬢さん悪いね、待たせっちまって。さあさ、寒いだろう。中へ入った入った」


 追いやられるように部屋へと押し込まれて、筋肉マンは体系にそぐわないさわやかな笑みを浮かべた。


「では、俺たちはこれで。失礼しました」


「は、はあ…」


 去っていく筋肉マンたちの背中を、璃玖は立ちすくんだまま見送ったのだった。

 ドアを閉めて部屋に入ると、それまでは空き部屋となっていた場所に生活スペースが出来上がっていた。

 おそらく、あの少年の生活の場となるのだろう。運び込まれた荷物は整理されていて生活感がく、すべて新しいものなのだろうと璃玖は思った。


「…璃央!」


「ニャー」


 部屋のすみに丸くなっていた愛猫の姿を見つけて、璃玖はかけよってくる璃央の体を抱き上げた。


「大丈夫だった?怖かったよね璃央」


「ニャア」


「…これから、どうなっちゃうんだろうね」


 璃央の震える背中を撫でながら、璃玖は小さくため息をついた。




再び、保健室へ...END

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