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赤夜  作者: 璃玖
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四季折々


 小鳥のさえずり、窓から差し込む太陽の光。


「…ん…」


 眩しさに眉をしかめ、璃玖はベッドの上で寝返りをうった。


『ぐえっ!』


「わっ!」


 ふにゃりとした柔らかい感覚を背中に感じたかと思えば、苦しそうなうめき声が背中の下から聞こえてきた。

 眠気も吹っ飛んで、璃玖は布団を投げ出して飛び起きた。


「…何、今の…」


 あわててベッドや背中を確認するも、変わった様子は何一つなかった。


「…夢?」


『…夢じゃねえよ!』


 投げ飛ばした布団の下から、くぐもった声が聞こえてきた。璃玖は何事かと、恐怖で全身を硬直させた。


『だぁああっ!早くここから出せー!』


「その声もしかして…遊魂の狐さん?」


 言ってはみたものの返事はなく。布団だけがもぞもぞと動いているという、何とも奇妙な光景だった。

 半信半疑のまま、璃玖は床に落ちた布団をめくり上げようと手を伸ばした。


『…形体変化(ケイタイヘンゲ)!』


「…っ!」


 呪文のような言葉と同時に、軽い破裂音、そして薄青い光が放たれた。


「ふー…。始めっからこうしてりゃあ良かったぜ」


「何、いきなり…」


 音や光とともに、床に落ちた布団は再びベッドのうえに戻っていて、璃玖の体を頭からすっぽりと覆っていた。かぶった布団を、体から()ける。


「…よっ、昨日ぶり」


 薄茶色の髪、薄茶色の瞳。

 布団から脱出した璃玖がまず見たものは、見知らぬ少年の姿だった。


「……い」


「…い?」


「いやああぁぁぁっ!!!」



 絶叫、錯乱。

 璃玖は脇目も振らずに部屋を飛びだした。

 見知らぬ人間が、部屋にいた。招いてもいない、知り合いでもない、男。


「嫌っ…いやあぁぁっ!」


 リビングまで走って、部屋から一番離れた壁にもたれかかった。足がふるえ、言うことを聞かない。


「ちょっとお前なあ!人の顔見ていきなり悲鳴上げるたあ、失礼だろ!」


 乱暴に部屋のドアを開けてリビングに現われた少年。不機嫌そうに言葉をはいて、璃玖を睨み付けてきた。


「…やっ!」


 壁に寄り掛かったまま、璃玖は床にへたりこんだ。



「…朝から騒がしい、アンタら」


 感情のない声。璃玖は涙目のまま声の主を見上げる。自室から出てきたルームメイトの少年は、不機嫌そうに様子を眺めていた。


「遊魂。姿を変えろ、ややこしくなる」


「はあ?何でお前に指図されなきゃなんねえんだよ」


「出来ないなら、手伝ってやってもいい」


「………」


 瀬名は、物凄くドス黒いオーラを全身にまとっていた。見るも無残な姿にされかねないと判断したのか、見知らぬ少年は再び呪文を唱えた。

 破裂音、青い光。

 そこにいたのは、昨日解放されたはずの狐の遊魂だった。


「狐さん…」


 現われた狐の姿に、璃玖はやっとのことで恐怖から解放された。


『何だよ、全く。朝っぱらから悲鳴上げられて逃げ惑われて、気分悪いぜ』


「ごめん、その…苦手、なの。男の人が」


 声のトーンを落として言うと、遊魂は小さな顔いっぱいに疑問の表情を浮かべた。


『はあ?』


「でも動物は大好きだから、大丈夫」


『いや何がだよ』


「おい」


 冷たい声が、会話を止めた。


「何しに来た、遊魂」


『そんなこと、お前に関係ねーだろ』


「今度は誰の指示を受けてきた?」


『誰の命令もない、自分の意志だ』


「…見え透いた嘘だな」


『…いけ好かねえガキ』


 今にも戦いが始まってしまうのではないかと思えるほど、緊迫した雰囲気だった。


「あの、若松くん」


 二人の間にただよう不穏な空気を払拭したくて、璃玖は口を開いた。


「この子はもう、誰かを傷つけたりはしないと思う。約束してくれたから」


「…約束?」


『おいコラ。いつ誰が約束したって?オレは頷いた覚えはないね』


「でも、否定もしなかったよ。そうでしょ?」


 問い掛けると、遊魂は居心地悪そうに視線を泳がせた。


『…チッ。いまさら、テメェの命なんかに興味ねえよ』


 渋々といった様子で吐き捨てられた言葉だったが、璃玖にはそれが約束を肯定してくれたのだと思えた。

 瀬名はしばらく半眼で遊魂を睨みつけていたが、やがてその場を去って行った。



「ところで、何か用があってきたの?狐さん」


『…暇つぶしに、アンタと遊んでやってもいいかなって思ったんだよ』


「え、本当に?」


『男に二言はねーよ』


 愛らしい狐の姿で男を語る遊魂に、璃玖は小さく吹き出した。


「よろしく、狐さん」


『狐じゃねえよ』


 遊魂はどこか不貞腐れたように、視線をそらす。


『…シキ。オレの名前』


 その行動が照れ隠しなのだと気付いて、璃玖は笑みを浮かべた。



 †



 朝イチのハプニングで大幅に時間をロスしてしまった璃玖は、朝食を食べる間もなく学校へと走った。

 なんとか遅刻を免れた璃玖を出迎えたのは、鬼のような形相をした水未だった。


「…ごめんなさい」


 昨日から今日の朝までに起きたことを、当たり障りない範囲で(内容のほとんどが嘘であったが)説明をした。頭を下げて謝ると、水未は短くため息をついた。


「まったく。体調不良で早退したっていうから、部屋に行ってみたら誰もいないし。仲良いからって日直の仕事は任されるわ、連絡はつかないから心配するわ、最悪だよもう」


「すみません…本当に」


 昨日の出来事で、ポケットに入れていた璃玖の携帯は壊れて使えなくなってしまっていた。

 気付いたときには修理に出すには遅い時間で、璃玖は一晩連絡手段を断たれてしまったのだった。


「次の日直、あたしのかわりに璃玖がやってよね」


「それはもちろん。迷惑かけてごめんね、携帯の修理も今日頼んでくるつもり」


「…それはいいんだけど、コレ何?」


「コレ、って?」


「コレ」


 水未が指差したのは、璃玖の膝のうえ。白くて小さなものが、もぞもぞと動いていた。


「…シキ!」


『なん…』


 喋ろうとしたシキの口を、璃玖は慌ててふさいだ。


「アンタまた変なもの拾って、懲りないやつ」


「だってホラ、かわいいでしょ?」


「昔から変わんないよね。生きものを拾っては、こっそり隠れて飼ったりしてさ。犬に猫、リスにスズメにイタチにイグアナにヘビ…」


「イグアナにヘビなんて、拾ってないよ」


「今度は何それ、白いタワシ?」


『なっ…むぐ!』


 食って掛かりそうになったシキを、璃玖は必死で押さえ込んだ。


「今、ソレ喋った?」


「えっ?違うよ、鳴き声だよ。めずらしいから、拾っちゃったんだよ」


 シキは口を塞がれたままジタバタと暴れた。これ以上暴れられると手に負えなくなると思い、璃玖はとりあえず、席を離れることにした。


「ごめん、この子お腹すいちゃったみたい。ちょっと行ってくるね!」


「何でもいいけど、バレないようにしなよ。仮にも学校なんだから。あと、一限始まるまでには戻りな」


「うん、ありがと水未」


 シキを制服の中に押し込んで隠し、璃玖は早足で教室を出た。






「…それで、僕に遊魂…シキを預かってほしいと?」


 璃玖が教室を出て向かったのは、神崎先生のいる保健室だった。

 不本意なことこの上なかったが、事情を知る彼にしか頼めないため仕方がない。


「す、すみません。気付かずに付いてきちゃったみたいで…」


『何か慌てて出ていったからさ。暇つぶしに来てみたんだ』


「もう…学校まで来られても、構ってあげられないよ」


『べっ、別にかまってほしいわけじゃないからな!』


「他に頼める人なんていなくて…お願いします」


『話聞けよ!』


 頭を下げて頼む璃玖に、先生は少し困った顔をしながらも了解してくれた。


「わかった、放課後まで預かるよ。こうお喋りだと、璃玖ちゃんも面倒見きれないだろうしね」


「ありがとうございます!良かったね、シキ」


『良くねえよ!ちぇっ、勝手に決めやがって』


 不機嫌に言葉を吐いたシキだったが、それ以上何も言わなかった。


「お願いします。昼休みにまた来ます、失礼しました!」


 一息で言葉を並べて、頭を下げる。 

 一限開始も間近に迫っていたため、急いで保健室をあとにしたのだった。



 †



「まったく、ダメじゃないか。学校まで付いてきて、璃玖ちゃんを困らせたりしちゃ」


 お茶菓子用のクッキーを出してやれば、そこそこ気に入ったのか遊魂はしばらく大人しくクッキーをかじっていた。

 からかいのつもりで言った言葉に、遊魂は予想どおりいやな顔をした。


『何でだよ。何をしようがオレの勝手だろ』


「これからも璃玖ちゃんと一緒にいたいなら、それなりに学ばないとね」


『はあ?』


「ここは学校って言って、ペットや動物が入っちゃいけない場所なんだ」


『オレはペットでも動物でもねーぞ』


「あはは、確かにね。だけど人間でもないでしょ?だから、僕ら以外の誰かにバレたらまずいんだよ」


『ふーん』


 聞いているのかわからないような返事に、紫苑は小さくため息をついた。

 ひたすらクッキーをかじるその姿は、非常に愛らしい。昨日の化け物じみた姿の面影はまるでなく、どこか毒気も抜けたようだった。


「よっぽど気に入ったんだね」


『ああ、うまいぞコレ』


「…璃玖ちゃんのこと」


 図星なのか、遊魂はクッキーのかけらを喉に詰まらせかけて、盛大に咳き込んだのだった。




四季折々...END

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