序章──前戯
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街灯もなく、月明かりも届かない暗い街路地。
屋根もないそこは、ついさっき降りだしたばかりの雨がさえぎられることなく、身体を濡らした。
「……あーあ、腑甲斐ないなあ。それでも僕の兄さん?」
グシャッ。
「…っ…」
「あはっ、いい顔。ねえ、セナ。君は今何を思ってる?」
問いを投げ掛けた相手は、地に伏せたまま動かない。否、動けなかった。
濡れた背中に片足を置かれ、彼は苦しげに呻いた。
「…ねえ、セナ?」
無造作に地面に広がる彼の前髪を片手でつかみ、顔を上向きにさせる。
「……れ…」
顔を歪める彼に、少年は至極満足気に笑みを浮かべる。
もう片方の手を地面に落ちた銀色の剣に伸ばし、自らの身長よりも長いそれを、彼の顔のすぐ前まで持ち上げた。
「…だま…れ…」
「ボクはね」
紅の雫が剣をつたい、流れる。
少年は愛おしそうにそれを眺め、ゆっくりと雫に唇を寄せた。
「君の命を食らうこの瞬間が、幸せでたまらないよ」
至福に目を細めた少年は、天高くかかげた銀の剣をためらいなく振り下ろす。
路地の向こう側に月明かりに照らされて、小さな猫が一声鳴いた。