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三十五歳  作者: 青山えむ
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8話 過去

 過去が蘇える。愚痴ばかりの母親に、文句ばかりの父親。


「~なんて、できるわけがない」

「無理でしょう」


 そんなことばかり言われて生きてきた。

 中学のとき、高校を決める時期の三者面談で先生は進学校を狙えると言った。

 母親は「無理でしょう」で話を終わらせた。それが理由ではないけれど、私は地元の、余裕で合格圏内の普通高校に入学した。

 高校を卒業する時期、大学に行く気持ちがなかった私は就職を選んだ。


「不景気だからね」

「ボーナスが出る会社なんてこの辺には少ないわよ」


 母親はそんなことばかりを言った。学校に来る求人票を見ると、ほとんどがボーナス支給と書いていた。きっとボーナスが出る会社に、私が合格できるわけがない。私はそう思ってどこにも応募できなかった。けれども先生に、とりあえずどこかの会社を受けろと言われて勧められた会社に応募した。合格した。

 内心嬉しかった私は張り切っていた。期待に胸を膨らませる。研修会では積極的に質問の挙手をした。メモをとって難しい単語を暗記しようと努めた。テストは高得点だった。


 しかしそんなことは、実務ではほとんど役に立たなかった。テストで低い点数をとり、研修会では居眠りしていたコミュニケーション能力の高い同期のほうが仕事ができるのは明白だった。自信をなくし劣等感に包まれた私は、二ヶ月ほどで会社を辞めた。

 そのあとはフリーターで六年ほど過ごした。私がフリーターになったとき、両親はなにも言わなかった。


「やっぱりそうでしょう」


 言葉にしなくても、そんな両親の気持ちが伝わってきた。私には無理、私には出来ない。烙印を再び、しっかりと押された気分だった。

 けれどもどこかで「楽になった」そんな気持ちがあった。どうせ私には、無理だったのだ。

「楽になる」代償もあった。仕事も恋も結婚も、私にはできない。そう決定された瞬間に思えた。


 私がフリーターで過ごしているうちに、兄と姉は家をでて行った。姉は隣の市で保育士になり、兄は県外の地へ就職した。

 兄と姉が家をでたとき、両親が小さく見えた。小さい両親はかわいそうに見えた。私は心のなかで「大丈夫、私がいるよ、いつまでも」と思った。そうしたら自分の存在が今までより大切なものに思えた。


 フリーター時代はアルバイトを二つ掛け持ちしていた。どちらもそこそこの時給で短時間勤務だった。短時間なので、そこそこの時給だったのだと思う。五時間と四時間のアルバイトだった。二つの合計の給料はある程度の額になった。

 どちらもサービス業だったので、休暇は平日だった。特にこだわりのない私は、休暇はいつでもよかった。一つのバイトが休みで、もう一つが出勤というのはよくあった。丸一日の休暇は月に一度ほどだった。


 午前のバイトが終わり、午後が休暇のときに友達と会っていた。友達が新車を買った話を聞いた。羨ましかった。私は姉のお下がりの車に乗っていた。ボーナス払いという単語を聞いた。私にはボーナスがない。


 毎月そこそこの給料だと思っていたのは、痛恨の過ちだった。

 正社員で働く友人は一日八時間労働で土日が休み。それでいて私より多い給料をもらっていた。その他にボーナスが支給されていた。


 新しい車が欲しくなった。軽自動車を買っても百万円は超える。私は正社員での仕事を探し始めた。

 ちょうどその頃、スピリチュアルや心理学が流行していた。私は心理学の本を買い、「自分にもできる」心を育てていった。けれども恋は、いつまでもできなかった。自分の心と、仕事を探すのが優先だった。


 十七時の鐘が鳴る。いつも通りまっすぐ玄関に向かう。みんな一斉に帰るので通路は混みあう。宮川さんを見かけた。私は少し早足で近づく。宮川さんは誰かと話していた。


「宮川、子どもいつ産まれるの?」


「来月の中旬が予定日」


 はっきり聞こえた。宮川さんは嬉しそうな顔をしていた。

 宮川さん、結婚していたんだ。指輪をしていない人だっているもんね。私は歩く速度を緩めた。私のなかから、なにかがすぅっと出ていった。


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