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三十五歳  作者: 青山えむ
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1話 お嫁さん

 三十五歳。四捨五入をしてアラフォーと言うには早すぎる気もする。まだアラサーと言ってもいいのだろうか、その前に誰に遠慮をしているのか。ここ数年で定着した単語アラサーアラフォーに当てはまるマニュアルがあるわけでもないのに。


 近頃周りから、出産・結婚報告が相次いでいる。どうやら三十五歳以上の初産を高齢出産と呼ぶらしい。それを意識しているかは分からないけれども、似た年齢の女子の出産報告を聞くと、なんだか心がざわつく。


 私は、焦ってきたのだと思う。今まで結婚も出産も考えたことがない、と言えば嘘になるけれども。周りの女子に比べたら、結婚願望はないに等しいと思う。なぜそう思うのか。小さいころの夢を「お嫁さん」と書いた人の気持ちが一切分からないからだ。

 

 お嫁さん、それはきっと、ウェディングドレスを着た人を指して言うのだと思っていた。あのドレスが着たいのだろうか。


「どうしてお嫁さんになりたいの」


 子どもだった私は無邪気に聞く。


「好きな人と幸せに暮らしたいからだよ」


 その子は嬉しそうに答えた。あれは何歳のときだっただろうか。幼稚園時代か、小学生か。そんなに小さい時分に、そんなことを考えるのだろうか。


 SNSに「幼稚園に通う娘が好きな男の子と両想いだ」とか「小学生の姪に彼氏がいる」などと書いている人がいる。そんな幼い時分にそんなことは、自然だったのか。好きだとか、彼氏のシステムとか、いつ、どうやって知るのだろう、その感覚となりゆきを。



 私の同級生は独身が多かった。原因の一つかもしれないが、まったくの私の想像だが、私の世代は就職氷河期と呼ばれた。多くの同級生が就職難にぶち当たった。

 高校を卒業して数年間は、周りはフリーターや派遣で働いている人が多かった。私もフリーター時代を過ごした歴史がある。


 十年ほど前、今の会社で多数の契約社員を募集していた。集団で試験を受けて、契約社員になった。同期がたくさんいた。

 それから社員登用試験を受けて合格、私は無事正社員になった。契約社員時代の同期から合格したのは、数人だけだった。合格した人と、不合格だった人の差はなんだったか。不合格になったのは、ほとんどが主婦とおじさんだった。

 比較的年齢が若い層が合格したのだ。けれどもおじさんでも合格した人がいた。頭がよくて「試験で合格」したのだと思った。


 正社員になった安心感からか、私は脱力していた。とりあえず仕事を優先にした。せっかく手に入れた正社員の肩書きを手放したくなかった。

 そして、それ以外をおろそかにしていた。朝早く会社に行き、帰宅してからは勉強をする。正社員になったら任される仕事も変わった。覚えることがたくさんあった。

 通勤服はビジネスカジュアルのルールがあったので、無難な服で出勤をしていた。息抜きを忘れぬよう、休日は趣味を思い切り楽しむ。それが私の考えうるベストな生活リズムだった。


 周りの女子社員は通勤服にも気を配っていた。ワンピースやミニスカートを着てさっそうと歩いていた。メイクの気合も男性社員への愛想もすごかった。私には別世界だった。


 私は、おしゃれに労力はかけられないと思い、せっかく手にした仕事に一生懸命になった。休日出勤も残業も全て引き受けた。


 けれども基本給が上がることはなく、気づいたら私より不真面目な同僚が昇進していた。仕事中にお喋りする時間が長く、堂々と飴を口に入れる。手抜きをして仕事を早く終わらせるタイプの人間だった。そんなことをしていいのか。

 上司がパソコンを睨みながら素早く飴を口に入れていた。

 なんだ、いいのか。


 私は無知だった、仕事だけを真面目にこなしていても駄目だったのだ。

 丁寧に仕事をしている私の評価は「いつまでやっているんだ」で一蹴されていた。時間をかければ誰だって丁寧にできる。短い時間でこなすのも仕事の能力だと言われた。そうした世間の常識を、みんなはいつどうやって知るのだろうか。私は今、知った。


 あの不真面目な同僚の小さい頃の夢は「お嫁さん」のクチだと思う。


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