ありがとう。の尊さ
なんだろう、と思って見てみると『さっきはありがとう』とメッセージが来てた。
僕も同様に口ではなくメッセージアプリで返信をする。
「全然大丈夫ですよ!」
視線を隣に向けると、雪さんはスマホを見て、右手の人差し指で画面を打っていた。
視線をスマホに戻すと同時に、ピコッ、と自分のスマホから音が鳴る。
もしや、と思いスマホを見てみると、案の定、雪さんからメッセージが来てた。
なんで雪さんは口頭ではなく、スマホで会話をするんだろうか。まあ、いいか。
『何か悩みとかあったら何でも聞くよ!』
「ありがとうございます!」
僕はありがとう、とメッセージを送信して雪さんの方を向いた。すると彼女と目が合い、僕は軽くお辞儀した。
顔を上げると、雪さんは僕に微笑みかける。
ありがとう、としか言っていないのに、彼女はすごく喜んでいるような感じ。
──僕はまだ、ありがとうという言葉の尊さを知らないのかもしれない。
*
微かな振動を感じる車内で、他愛もない話だけを繰り返した。人の記憶から消えてしまいたいと思っていた時期があったのに、今は生きた証を残すように写真を撮っている。
車のスピードが落ち、窓から見える景色がゆっくりと流れる。
「着いたよー!」
七瀬さんが張りのある声を出すと同時に車が止まり、道の駅に着いた。
「運転お疲れ様です」
皆でお礼を言って、車を降りる。僕はまずトイレに向かうことにした。
旅行用のバスが二台停まっていたから、早めに言っておいた方が良さそうと思った。多少の覚悟を持ち、トイレに入ると、全く混んでいなった。
トイレが終わり、手に洗剤をつけ、水で洗ってると、横の手洗い場に人が立つ。特に見る必要もないのに、隣に人が来ると、なぜか一瞬チラッと見てしまう。
「あれ、智樹さん」
横で手を洗うのは智樹さんだった。だけど、心ここに在らずな表情をしてる。
声を掛けると、智樹さんがこっちを向く。
「隼人君もトイレ来てたんだね」
智樹さんは抑揚のない声で言った。やっぱり、元気がなさそうに見える。
「大丈夫ですか?」
心配になって訊いてみると、智樹さんは鏡で自分の顔を見て、また僕の方を見た。
「あぁ、大丈夫だよ。……隼人君ってニュースよく見る?」
明らかに大丈夫じゃなさげなのに、ニュースの話をしてきた。
ニュースは暇つぶし程度で見ていたし、ちゃんとした目線で見たことはなかった。
「少し前まで、横目に見る感じで見てました」
「そっか……。隼人君の印象に残ったニュースって何かある?」
「印象に残ったニュースですか……あまり頭に浮かびませんね。すみません」
唐突に、印象に残ったニュースなんて聞かれても、当然思いつかなかった。
「そっか……。ごめんね、変なこと聞いて」
智樹さんは手を拭き、冷静を偽ったような顔でトイレを出ていった。
今思えば、智樹さんは助手席でよく新聞を見ていた。もしかしたら、智樹さんにも旅の目標があったんじゃないか。僕はそう思い始めた。
その時、ぐぅー、とお腹が鳴る。そういえば、昼はまだ食べていなかった。
僕もトイレから出て、食事を取ろうとする。時刻は丁度昼時。だからか、結構お腹が空いている。




