シネマティック
「えっ、どうしてここにいるの?」
こっちの台詞だ、と言い返そうかと思ったが、彼女があまりにも不思議そうな顔をしていたので僕もつられて似たような顔をしてしまった。
どうしても何も、ここはこのあたりでは1番大きなショッピングモールなのだから知っている人と会ってもおかしくないだろう。
土曜のショッピングモール、映画館の入ったフロア。
昨日、「ひと夏の思い出を作りましょう」なんて言い放った美少女がそこにいた。
彼女はそんなことを言ったくせに特に連絡先を交換するわけでもなく、自己完結したかのようにすっきりした顔でばいばい、なんて言うからそれ以上何も言えずに別れたのだ。
気まぐれに話しかけてみたものの実際会話してみたら僕では物足りなかったので関わるのをやめたのかもしれない。あとは演劇や芝居の練習でそういう設定で過ごすみたいなことをする人もいるらしい。あれだけの美少女なのだから芸能人でもおかしくない気がする。理由はわからないけれど、詐欺ではなかったし初対面の美少女にお茶とお菓子をおごってもらうなんて人生経験でなかなかあることでもないのだからまあ話のネタくらいにはなるんじゃないかな、と思って気にしないことにしていた。のだが。
昨日封切りになった映画を見て、外に出ると上映時間の前でかなしそうに立ち尽くしていた彼女がいたのだ。
目が合うと彼女は僕に驚いた後に
「映画って予約しないと見られないんだね…」
としょんぼりため息をついた。
「今までどうやって生きてきたの」
「映画はすぐ配信で見られるからいいかなーって映画館にしばらく行ってなかったので…」
「すぐってほど早くないと思うけど」
「一年くらいはすぐでしょ」
はあ、とため息をつく彼女の目線の先には満席表示の上映時間のモニターがあった。
もしかして、と思い、さっき購入したばかりのパンフレットを鞄から出して掲げてみると、彼女はなんとも恨めしそうに僕を見た。
「見てきたの?」
「うん。3日前に席を取って」
「おもしろかった?」
「言っていいの?」
「だめ」
「なんで聞いたの」
昨日から思うのはこの不思議な会話のテンポだ。おそらく年齢が近いことと、彼女の気取らなさのせいかキャッチボールというにはあまりにも雑で適当なやりとりが成立しているのだ。相性がいいのか、全然よくないのかわからないのだが、感覚的なものがどこか似ている気がする。
「今度はちゃんと予約してきなよ」
「そうする。あーあ。せっかくこんなところまで来たのに」
「あまり来ないんだ?買い物好きそうなのに」
「買い物は好き。人がたくさんいる空間が好きじゃないだけだよ」
はあ、と大げさにもう一度ため息をついたあと、くるり、と映画館に背を向けた。
「平日にでも出直すことにするよ。じゃあね」
「あ、うん。また」
また…?
自分の口から何気なく出た言葉に、自分が驚いていた。
「いや、あの…」
「うん。そうだね。またね!」
名前も連絡先も知らない彼女は、なぜかうれしそうに笑っていた。
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ぶつけた時にできたすり傷が治らない。
ちゃんと痛い。
私の時間が動き出したのだとしたら。
はじまったものは、おわりがくるのだ。