フレーバードデイ
「まあそれはともかくとして」
それはそれは夏の日差しにも負けないくらいの笑顔で、
「突然出会った美少女と、ひと夏の思い出を作りましょう」
先程、僕に「殺されにきた」と言った彼女はそんな提案をしたのだ。
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「何にする?あ、おなかすいてる?ごはん前だから多いとよくない?」
戸惑う僕をまったく気にせず、彼女は機嫌よくメニューを眺める。
「あ、私が払うから何頼んでもいいよ」
「そう言われても」
駅の改札で彼女に話しかけられ、せっかく出会えたんだからお茶でもどうかと半ば強引に連れてこられたわけだが、制服を着ているのでおそらく僕と同じ高校生としても、こんな美人に急に声をかけられてお茶に誘われたら誰だって疑う。裏に大人がいて、雑談から入ってこのカフェを出る頃には高額な契約をさせられるのだ。他に何の用があるっていうんだ。
「さっきも言ったでしょう。一生分働かなくていいくらいのお金はあるから詐欺するメリットもない、って。遠慮しないで」
「逆にあやしくも思えるんだけど」
「暑いからアイスティーにしようかな。私アールグレイ」
詐欺とかそういうものではない、君と話がしたい、もしあやしい勧誘なら私くらいの美人なら探しやすいからすぐ捕まるでしょう、それに一生分のお金はもうあって困ってないので、ときっぱりにっこり自分が美人だと理解している美人の最大出力で微笑まれてまあ一度お茶するくらいなら、と負けてしまったのだ。
「じゃあ同じので」
彼女より安いものを選ぶのも、高いものを選ぶのも万が一のことがあった場合、後になってめんどうな気がするからだ。
「はーい。じゃあアイスティー、アールグレイ2つ。1つはスコーンセットにしてください。あ、取り皿もください」
本当にお気に入りで常連なのだろう。彼女は親しそうに店員さんに注文していた。
なんとなく行き場を失った目が、ぼんやりとメニューを見ていた。すると、白い指が現れた。
「さて問題です。ダージリン、アッサム、セイロン、アールグレイ。仲間外れはどれでしょう?」
「は?」
「答えてよー。10秒」
「急に言われても。謎解き?」
「うーん。分類?」
「普通のクイズ?」
そんなこと言われても紅茶のことなんてわからない。10秒とか言ったくせに、彼女は眉間にしわを寄せる僕を楽しそうに眺めている。
まったく何がしたいんだ。僕と話したいと言っていたくせに個人的なことは何も聞いてこないのだ。名前も、年齢も、学校も。別に得体の知れない人間にそれを言う必要はないけれど、だとしたら何がしたいんだ。1人でカフェに入りにくかったとかそんなタイプでもなさそうなのに。
店員さんの声と一緒にふわりと甘い香りがテーブルに降りてきた。ありがとうございます、ふわり、甘い笑顔がもう1つこぼれた。
「スコーン、2つだから半分こしよ。ここのおいしいんだよ」
よいしょ、と器用に取り皿に移動させて、彼女はまた機嫌よく微笑んだ。
「ありがとう」
「冷めないうちにどうぞー」
スコーンというとコンビニにあるチョコの入ったクッキーみたいな食べ物しか想像していなかったので、目の前にある丸いビスケットのようなものに少し戸惑った。確かに見たことはある。本物はこれなのかもしれない。
彼女は慣れたようにそれを半分に割ると、白いクリームとジャムをつけて頬張った。
僕は食べ方を確認するふりして、彼女に見惚れていた。違う。食べ方をこっそり確認したかったのに、彼女に見惚れてしまった。
同じようにスコーンを半分に割って、クリームとジャムをつける。口に運ぶと思ったより柔らかくて、崩れそうになるのを慌てて片手でキャッチする。口の中に広がったあたたかさと甘さに少し驚いた。ちゃんと食べるとすごくおいしいものなんだ。これ。
彼女はアイスティーのストローをかき混ぜながら、ぽつり、と言った。
「覚えてないかもしれないんだけど、君は前世で勇者だったんだよ」
「それで?」
さすがにそれを信じる人間はいないだろう。
その上、目の前の美人は妙に笑顔で言うのだから、そういう設定の遊びでもしているようにしか見えなかった。
「で、遙か時を超えてまた私と会えたの。覚えてない?」
「ごめん。何も覚えてない」
「そっかあ。じゃあ人違いかなあ」
ふふ、と彼女は笑って窓の外を見た。
その表情はよく見えなかったけれど、さみしそうにも、うれしそうにも見えた。
「そうそう。さっきのクイズ。答えはアールグレイです」
「忘れてた」
「だと思った」
ダージリンとアッサム、セイロンは産地、アールグレイはフレーバーの種類。紅茶に柑橘系の香りをつけたものがアールグレイだ。こしひかりとあきたこまち、たきこみごはんの違いだよ、と彼女は妙に庶民的な例えをしてまた笑った。
「今日はね、私の世界に色がついたので、記念日だから。アールグレイがいいかなって」
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おなかがすいた。つかれた。
そう感じたのはいつぶりだろう。
私の時間が、確かに動き出したのだ。