第04話 拠点
「失礼します。お茶をお持ちしました。視察の対応ご苦労様でした」
勇仁の部下・島津 忠美がお茶を持って入ってきた。
「君もご苦労だったな。頂こう。今日はもう上がった(退勤)と思っていたよ」
「えぇ、もう上がります。今日の公開視察にも来ていましたね。あのジャーナリスト。しかも暁新聞の記者として」
忠美は机にお茶を置くと視線を勇仁に向けた。
「幾つか肩書を持っているんだろう。今日の所は様子見と言った感じか。それよりもうこんな時間じゃないか。島津官房長官を待たせるのはよくない。なにせ海防(海上防衛隊の略)時代お世話になった大先輩だからな」
勇仁は忠美の振った話題をさえぎりSWの時計を見た。
「隊長(勇仁)も一緒にどうです?私は構いませんし、可愛い後輩も一緒なら父もきっと喜ぶと思いますよ」
忠美はくすっと笑うと意地悪な目線を投げた。
「是非、と言いたい所だが…視察でお会いした際、貴様!忠美を引き抜きおって!女性初の海将候補だぞ!って小言を言われたばかりだ。それにまだ浅沼と打ち合わせがあってね」
「父がそんな事を?何度も私の意志だって説明してるのに…ご迷惑をお掛けしました」
「君が謝らなくても…それに先輩の気持も分かる気もする。俺は気にしていない。だから君も気にするな。と言うことで先輩には宜しく伝えておいてくれ」
「はい、わかりました。それではお先に失礼します」
忠美は申し訳なさそうに会釈をすると部屋を後にした。勇仁はお茶を一口飲むとおもむろに一枚のビジネスカードを取り出した。ビジネスカードにはフリージャーナリスト・八耳 文雄と書かれていた。名前を呟きながら先日起きた事を思い出した。
数日前、勇仁は滞在先のホテルロビーのトイレの通路で財布を拾った。前を歩く男の物だと思い声をかけた。
「落とし物ですよ」
「えっ?あぁ私のです。これは親切にどうも。危うく朝食抜きになる所でした。是非お礼をさせて下さい。丁度ラウンジに行こうと思っていた所でしてね」
「連れを待たせているのでお気持ちだけで結構で…」
「ではお連れさんもご一緒に、でなければ私の気持ちが収まりません」
男は勇仁の話を遮り強引に誘ってきた。ロビーに戻ると忠美の姿が見えた。忠美は気が付くと勇仁の方に歩み寄る。
「遅くなってすまない」
「いえ私も来たばかりで…そちらの方は?」
「近くで財布を拾って、どうしてもお礼をって言われてね」
男は頭をかくと軽く会釈をした。忠美も会釈をすると勇仁の方を見た。勇仁は瞼を2秒ほど閉じて従う様合図を送った。二人は男に促されてラウンジへ向かった。
「お好きな物をどうぞ。朝食お済でなければご一緒にいかがです?お連れさんも遠慮なさらずにどうぞどうぞ」
勇仁はちらっと忠美の方を見た。忠美は瞼を2秒ほど閉じて従う合図を送った。
「ではお言葉に甘えて、冷たい緑茶を…2つ」
「私はこれとこれでお願いします」
男は注文を済ますと真剣な表情なり背筋を伸ばし畏まった。
「では改めてお礼を…そのお名前は?」
「星守と申します」
「星守さん?ってもしかして星守勇仁さん?そうだやっぱりそうだ。これ見てください。この記事を拝見しまして是非一度お会いしたいと思っていたんですよ。おっと失礼。私こう言うものでして」
“フリージャーナリスト 八耳 文雄 連絡先:○×○-○×○×-○×○×”
八耳は驚く様な顔をして手帳からビジネスカードと古い新聞記事の切り抜きを置いた。見出しには“海上防衛隊員、災害を乗り越えて”と書いてある。海防時代の勇仁を取材した記事だった。
「世の中には立派な人がいるものだと調べてみたら、ご家族で旅行中に八岐島災害に被災。しかも兄夫妻が未だに行方不明扱い、さらにはそのお子さんの為に…いやいや感銘を受けました。
ですが…手段がどうも。どうも納得いかない。なんです?あの天浮島ってやつは?災害時に漂流した八岐小島を改修しているそうですが、調べたところスペック上完全に移動要塞じゃないですか。あの様なものは周辺国にとって脅威!暴力装置でしかない。そうは思いませんか?」
唐突に八耳に話を切り出され一瞬時が止まったが口を開いたのは忠美だった。
「ちょっとお化粧室に…失礼します」
忠美はバツの悪そうな顔をすると勇仁の方を向いて瞼を3秒程とじて席を外した。八耳は探るような表情でこちらを見ている。これはアポなしの取材だ。そう感じた勇仁は動揺する様子もなくゆっくりと答えた。
「あなたがどの程度の情報をお持ちなのか存じ上げませんが、政府との共同事業なのでお答えは控えさせて頂きます。ですが、あくまで個人的意見として…あの規模で可能な限り汎用性、また将来の運用性を持たせるとああいった形になると思います。
私の実家は農業で生計を立てています。広い敷地で沢山収穫しようと思えば手間がかかります。主な要因は天候・虫・獣です。どれも意志疎通ができずとくに獣は時に脅威となります。八耳さんならどうしますか?」
「さぁ、私に聞かれても…」
八耳は短く答えると目線をそらした。勇仁は少し間を開けて口を開いた。
「正しい答えは私もわかりません。私たちは予防、若しくは備える事しか出来ません。備えあれば憂いなしと考えています」
八耳はワザとらしくあくびをすると話を切替す。
「ふぁあ。おっと失礼。生理的現象なので勘弁して下さい…しかし同盟国も含め現行運用されている兵器に全て実装可能な仕様とは…」
「失礼します。緑茶をお持ちしました。モーニングセットはもう少々お待ち下さい」
勇仁は手を上げるとウェイトレスを促した。話を遮られた八耳は少し苛立った様子を見せる。
「やはりね~過剰だと思いませんか?」
「先ほど申し上げた通り、備えあれば憂いなしと思っています。あなたは特殊災害の事例、とくに戦争行為による一部分の事を仰っていると見受けますが、天浮島は自然災害・人為災害・特殊災害・複合災害を可能な限り念頭に入れてあります。あくまで政府から要請があった場合のみですが…。
それに通常運用はヒューナレッジ社及び関連会社、要請があれば公的研究機関の研究を主としています。その他の用途も模索中です」
忠美が戻ってくるのが見える。忠美は勇仁の視線に気が付くとコクっと頷き席に着いた。八耳は大きく鼻で息をすると勢いよくはいた。
「なるほど、そう言う解釈もできますが…しかし、あれですか?災害当時の記事を見ていると、災害の原因が兄夫婦の勤めていた研究所ではないかとの噂もちらほらと…それから島から救助された被災者の中に怪物を見たって噂もあったみたいですが、星守さんはご存知ですか?」
勇仁は一瞬眉を顰めて八耳を睨むとすぐに表情を戻した。
「私も知りたい。そう思って今日まで至ります。それにこれは正式な取材ではないのでお答え出来ません。改めて…」
今度は勇仁の話を遮るようにグゥと誰かのお腹がなった。勇仁は自分の腹部を見ると口を開いた。
「はっはっはっ、失礼。早くに朝食を食べたものでして…生理的現象なのでご容赦下さい。それから…」
「8時になりました。勤務時間になります。勤務中の内容は記録されます」
突然SWからササエルの音声が聞こえたので八耳は驚いた顔をした。
「…と言うわけでして、ご歓待頂きありがとうございました」
勇仁と忠美は顔を見合わせると緑茶を一気に飲み干してから一礼し席を立った。八耳は引き留めようと立ち上がる。しかしウェイトレスがモーニングセットを持ってくるのが見えたので大人しく座った。
二人はホテルを出ると駅に向かって歩き始めた。忠美のSWからササエルの音声が聞こえる。
「島津隊長補佐から引き継いだ当社のホテル警備員からの報告です。ラウンジ内にいた不審人物がカメラとレコーダーを所持していたので対応。また防犯カメラのログで八耳氏と不審事物が同行している映像を発見しました。警察に通報したとの事です」
「わかりました。その様子だと本人(八耳)からは何も出てこないでしょうね。今後の対策として八耳 文雄の名前、もしくは類似した名前で記載されたメディアを収集。対応プログラムを作成しておいて。それと…隊長、その…さっきのお腹の音は…」
「あぁすまなかったな。朝食が遅くなって、近くに旨い立ち食い蕎麦屋があるんで寄って行かないか?勘定は任せてくれ」
と、そんなやり取りがあった事を思い出した。今日の視察では何もなかったが、どこまで情報を持っているのだろう…。
考えているとデスクの上の電話が鳴った。




