第18話 心境
目が覚めると白い天井が見える。医療用カーテンから日が差し込んでいた。
(朝?ここは…病院?ちがう宿舎だ。全部夢!だったの?)
戸惑いながらベッドから起き上がるとそっとカーテンをめくる。室内を見回したが人の気配はなく他のカーテンは全部開いて3つあるベッドには誰も居なかった。入り口の引戸のドアノブに手を掛けたが動かない。全身に悪寒が走ると胸騒ぎがした。次の瞬間寝ていたベッドから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あっーちょっと待って、陽子君、私だハンナだ。すぐにそっちに行く。ベッドに戻って待ってて」
寝ていたベッドに戻ると近くのロッカー付きテーブルからSWを見つけ身につけべドに腰を下ろした。まだ状況が理解できず動悸が止まらない。治まるまで深呼吸を繰り返す。引戸が開くと安堵の表情を浮かべた先輩が入ってきた。
「いやぁーよかった。覚えてる?検査の途中で倒れたの」
先輩の言葉でハッと思い出すとベッドから飛び上がった。
「まぁまぁ落ち着いて、座りなさい。着替えとサンドイッチを持ってきた。その前に、まだ君の診察が終わってなかった。大丈夫だと思うけど念の為ね。はい口あ~んして…ん~閉じていいよ」
「先輩…司と勇仁さん、他の隊員は?」
「調査は一旦中止、クライアントのお偉いさんから帰還指示が出たんだ。勇仁と忠美はその段取りでバタバタしてるよ。司君は昏睡状態が続いているけど命に別状はない。ただ今は隔離している。一昨日の一件との関係性が全く分かってないからね。はい聴診するから前あげて」
「陽子!」
引戸が勢いよく開くと勇仁さんが駆け込んできた…目が合った。
「きゃぁっ」
「ちょ、星守隊長!ノックもなしになんですか行き成り」
「いや、確かに、すまない。出直そう。いや、後で連絡する。ハンナ後は頼む」
勇仁さんは慌てて部屋を出ると先輩はニヤニヤしながら聴診器をかけなおした。
「顔も赤いしちょっと息を整えようか、星守家はみんな可愛な~。
…はい、お終い。どこか痛いとか気になる箇所はある?」
「特に、ないです。それより私が倒れてからの事を教えてください」
「わかった。そうだね~何処から話そうか、ちょうど半日前…」
先輩はサンドイッチを私に勧めると思い出す様に口を開いた。
(クァム施設内、調査隊宿舎)
「手筈通り私 (ハンナ)と星守隊長で司隊員とアルファ・ブラボーを隔離区間へ。チャーリーとデルタはササエルの指示に従って臨床検査を、島津隊長補佐と脇谷隊員は彼等に付き添って、終わったらこっちに合流して下さい」
「二人とも久しぶりですね。受け入れ態勢はもうできますよ。流石ハンナだ。あの状況下での適切な対応、実にすばらしい。そして今も変わらず、ふつくしい」
「君は…どうして此処に君が?」
「やはり来たかDrバルチャー(英名;禿鷹)。いやルカ・ミハイロヴィチ・スミルノフ、ガザル侵攻いらい3年振りだな」
「フルネームで呼ばれたのは久しぶりです。あの頃が懐かしいですね。
ヒューナレッジ氏から要請がありましてね。急いで飛んできました。それより興味深い患者がいるそうですね。回収した死骸も含め後は私が全て引き継ぎます。さぁ早く患者を中へ」
「デルタの患者はこちらで診る。クライアントから帰還指示が出ている。回収した死骸とBS隊員の対応を頼む」
「なるほど…ふむ、わかりました。ではスタッフー患者を中に運んで下さい」
「ルカ、なぜ…君はあの時のままなんだ!」
「なぜって気に入ってるからですよ。貴女が懸命に救ってくれた命と顔じゃないですか、それだけです。では失礼」
先輩は少し話すと急に黙ってしまった。
「先輩?先輩、急に黙ってどうしたんですか?」
「あれ、何処まで話したっけ?そうそう私の元同僚が隔離患者を引き継ぐ事になったんだ。それからチャーリーとデルタのみんなは異常なし、後は司君の容態次第だ。
それから勇仁の…あの頂上での事なんだが、人は決断を迫られる時がある。望まくてもだ。私にも似たような経験がある。もしわだかまりがあるなら何時でもいい話してくれ。前に言ったカタルシス効果(泣いたり人に話すと楽になる)ってヤツだよ。
まー泣いてスッキリしたいって言うなら喜んで胸を貸すよ。さぁほら飛び込んでおいで可愛い後輩よ。優しく受け止めるよ」
したり顔で両手を広げる先輩が可笑しくて思わず笑みがこぼれると先輩は照れくさそうに笑い返した。
「気持ちだけ受け取っておきます。正直まだ実感がなくて、でもその時はすぐに相談します。ありがとうございます」
「うんうん、元気そうでよかった。それにしても髪がボサボサじゃないか先にシャワーを浴びて来るといい。済んだら連絡頂だい」
先輩から着替えを受け取るとシャワーで汚れを洗い流した。鏡に映る自分の顔、なんだか久しぶりに見た気がする。鏡に近づくと思わず声を上げてしまった。
「やだ、首筋日焼けしてる。あーここにシミが。はぁ、まあしょうがないっか」
気を取り直し先輩に連絡したあと医務室に向かい合流した。机の上にあるモニターにはME機器(生命維持管理装置)のデータと昏睡状態の司が映っている。顔色がよくなっていて少し安心した。
「やっぱり、夢なんかじゃなかったんだ…」
「ん、何か言った?」
「司の顔見たら急に島でのこと思い出しちゃって、あれは何だったんだろうって」
先輩は椅子の背もたれに寄りかかり腕を組むとこちらを向いた。
「その件は尚美がいま分析してるよ。まー気になるけど私はあえて詮索しない事にしてる。それより今自分が出来る事をやる。さぁ少し仕事を手伝ってくれ」
チャーリーとデルタの隊員達の検査データをまとめるのを手伝った。こうして何かやっていると気がまぎれる。それに先輩がいつも通り接してくれるのが嬉しかった。
「だいたい片付いてきたね。そしたらちょっと寝かせてもらおうかな」
「先輩寝てないんですか?早く言って下さい。あとは私やっておきますから」
「んじゃお言葉に甘えて、何かあったらすぐ起こしてね」
先輩はあくびをかみ殺し体を伸ばすと医務室を出て行った。データをまとめ終るとモニターにまた目が行く。画面越しに見る司はただ眠っている様にしか見えない。
ノックの音が聞こえると勇仁さんが部屋に入ってきた。
「ハンナ、遅くなってすまん。話があるとは?陽子、添田医師は?」
「先輩は仮眠中で席を外してます」
「もう体調の方はいいのか?まだ休んでいてもいいんだぞ」
「うんう~ん、もう大丈夫。私だって調査隊の一員だよ。それに何かやっていた方が気が紛れる。それから先輩が大体の事情は話してくれた。勇仁さんそこちゃんと休んでる?」
「そうだったな…だが無理はするなよ。私は大丈夫だ。少しいいかな?」
私は頷くと勇仁さんは開いている椅子に腰を下ろした。
「まず、連絡しなくてすまなかった。それから司を置いて行ったこと恨んでくれて構わない。
撤退が頭を過った時、私ひとり是が非でも司を探しに行くと心に決めた。調査も諦めたくなかった。しかし頂上で黒いオーガを見たとき困惑し、取り乱した陽子を見て気持ちがさらに揺らいだ。もし、もし二人とも居なくなってしまったらと思うと途端に怖くなった。そして司を見捨てた。
全く情けない話だ。思い返してみても何が正しい対処だったか分からない。ただ運が良かったとしか思えない。拠点で黒いオーガから司が現れたとき驚いた。だが同時に歓喜した。そして結果はどうあれ私達は今ここにいる。
まだ詳しく話せないが調査は中止もしくは凍結。恐らく司の処遇を巡って問題が起きるだろう。今度は、この先どんな事が起きても司を見捨てない。それだけは約束する。
私は報告書がまとまり次第一足先にここを離れる。司の事を頼む。この通りだ」
勇仁さんはモニター越しの司を見たあと頭を下げた。話を聞きながら一昨日の一連の光景が頭を駆け巡った。同時に嫌な記憶を思い出した。
「勇仁さん顔を上げて、あの状況の正しい判断なんて誰にだってわからないよ。ただ勇仁さんは私達やみんなの事を思って行動したと思う。だって今も私達の事を想って話してくれてる。だからそんなに自分を責めないで勇仁さん。
私ね。頂上で思い出した事があって、今まで家族に黙っていた事があるの」
勇仁さんの目をまっすぐ見ると口を開いた。
小さい頃おじいちゃんの言い付けを破っておばあちゃんの誕生日プレゼントに大好きなアケビを取りに司と二人だけで山に入った。
崖の近くの木のつるに生ったアケビを見つけて私は喜んだ。司の叫ぶ声と共に突き飛ばされ振り返えった。黒い大きな猪に体を突き上げられた司の姿が飛び込んできた。司の小さな体を人形みたいに振り回しながら猪は崖の方に消えて行った。遠くから悲鳴の様な鳴き声が聞こえた。頭の中におじいちゃんの怒った顔とおばあちゃんの悲しむ顔が浮かぶと事の重大さに気づき怖くなった。
遠回りをして崖下に降りても司の姿は見当たらなかった。必死に探しても司は見つからない。辺りは陽が傾き少し暗くなってきた。すがる様に太陽に目を向ける。眩しさに思わず手をかざすと遠くの木漏れ日が視界に入った。その下にうつ伏せに倒れている司の姿が見えた。辺りを見回し急いで駆け寄ると手には大きなアケビを持っていた。
司の服はボロボロに破けゆすってもピクリとも動かない。私はオロオロする事しかできず次第に涙があふれ大声で泣き出した。膝に何かが当たり涙で腫れた目をあけると司の手だった。ゆっくり目を開けると辺りを見回し司は起き上がった。
「どこか痛くない?何ともない?」
司は微かにほほ笑むとコクリと頷いた。
「よかった。本当によかった…」
そんな言葉しか出なかった。急いで家に帰り司の服を着替えさせてボロボロの服を納屋に隠した。
感情が昂ぶり我に返るとため息が出た。あれこれ取り繕うとしている当時の自分に憤りを感じる。勇仁さんは少し驚いた顔をしていた。
「当時はおじいちゃんに怒られるのが怖くてずっと黙ってて、頂上で思い出すまで忘れてた。それにあの時はありがとうって言えなかったから目が覚めたら一番に言おうと決めてる。でも今思うとその頃から司が感情を表に出す様になった気がする。勇仁さんどうかしたの?」
私の視線に気が付くと勇仁さんはハッとして口を開いた。
「いや何でもない。そうか、そんな事が昔あったのか、ははっ誰しも隠し事の1つ2つあるも…」
突然モニターから音が鳴りだし一目見て心拍数が危険域に達している事が分った。
「勇仁さん司が危ない!先輩に連絡します。先輩、すぐに来てください。司が…」
「添田医師は現在、浴場にいます。しばらくお待ちください」
「陽子、隣の部屋だ。ついて来てくれ!」
廊下に出ると隣の入り口の前でカドリさんが引戸越しに中の様子を伺っていた。
「ウスマン隊員、すぐに鍵を開けてくれ。今すぐにだ!」
3人で部屋に入ると芋虫の様に暴れている司の姿が目に飛び込む。シーツはめくれ両手足を縛る枷とME機器の警告音が部屋に響きわたる。
「陽子、ハンナを呼びに行ってくる。司を、司のそばにいてやってくれ」
どう対処していいか戸惑った。
「司、お願い暴れないで、自分を傷つけないで、お願いお願いだから」
司に覆いかぶさり祈る様に押さえるとME機器から長く単調な音が響き静かになった。部屋を飛び出し医務室からハサミとバッグバルブマスク(人工呼吸器具)を持って急いで戻るとカドリさんに声をかけた。
「カドリさん、これから心臓マッサージをします。一緒に手伝って、この状態でマスクをこの位置からずらさないで下さい。私が合図したら2回バッグを、膨らんでるポンプみたいなのを2回押して空気を送って下さい。いきます」
扉が開く音が聞こえると先輩でも勇仁さんでもないアンバランスで歪んだ古傷のある顔をした白衣の男の人が入ってきた。
「大事な被検体が…君、マスクを貸しなさい!貴方はもっと腰を上げて体重をかけて、そうしないと腕が疲れて保たなくなりますよ」
額から汗が滲み出て腕のあちこちが痛い。それでも押し続けると腕の感覚が無くなってきた。突然視界に手が現れた。
「君もういい、やめなさい。見なさいパルスが戻った。肋骨が損傷するぞ」
「陽子君、遅くなってごめん。ルカどうしてここに?」
「先輩、このドクターに助けてもらったんです。お名前は?」
「今はバルチャーと呼ばれています。おっと勇仁、私はたまたま通りかかっただけで彼女が処置をしたんですよ。先輩に似て良い後輩だ。では失礼」
一礼すると震える手で司のシーツを掛け直した。
「司、私よ私、わかる?わかったら返事をして」
司はゆっくり目を開けると辺りを見回しみんなの顔を見た。
「どこか痛くない?何ともない?」
司は微かにほほ笑むとコクリと頷いた。
「よかった。本当によかった…」
そんな言葉しか出なかった。




