第15話 混迷
「おーい、バスがきたぞ」
「カドリさんふざけないで下さい。みなさん迎えに上がりました。遅くなってすみません。司隊員トラックをヘリコプターの横に止めて下さい。
カドリさんとルーカスさんは私と一緒に奥のスパイダーまで向かいます。さっきと同じ要領でデータを抽出します。星守隊長、私たちは別作業になるのでまたチャンネルを戻します。残りのお二人は星守隊長の指示に従って下さい」
「こちら本部、堀石主任了解した。マクレガー(ジョン)分隊長と司隊員はガンナーと負傷者をトラックに収容し周囲を警戒、チャーリー松本隊員・湯田隊員応答せよ。発砲したのは君たちか?」
「っと松本さん押さえてて下さい!本部、こちら湯田。違います発砲してません。それよりブラボーの隊員が興奮して手が付けれません。応援をよこして下さい」
「よし司、荷台に上がるぞ…とハマータ分隊長。担架を荷台のここに」
司とジョンはトラックの荷台に上ると担架を受け取り奥に乗せた。浜田分隊長から笑みがこぼれ安堵の表情を見せる。司は自分のクーフィーヤに気が付くと返り血を浴びた陽子を見た。
「本部了解、浜田分隊長・陽子隊員は湯田隊員たちと合流。プリンス隊員に処置を施してトラックに収容。添田医師はサポートを。ササエル、発砲があった際の全記録をチェック…?」
司の視線に気が付いた陽子はコクりと頷くと浜田分隊長の後に続いた。
「トラック!分隊長。向かって左の茂みに人が!注意せよっ。ササエル、カメラをズーム、アースの構成員リストと照会」
ジョンはホークの報告に慌ててAR-M5F(6.8mm弾アサルトライフル)を左に向けるとセイフティレバーを外しスコープを覗いた。
「確認。くそっいつの間に?両手を上げてこっち歩いてくる。動くな止まれ!司」
「司隊員!」
勇仁とジョンが言葉を発する前に司は茂みにAR-M5Fを向ける。
「ヤツの後ろを警戒します」
「「…おぉそれでいい、任せたぞ」」
「該当しませんでしたが判明。イッター・イワノビッチ・イワンチェンコフです」
男は顔色変えずにその場に立ち尽くす。
「こちら本部。マクレガー分隊長、これから話す通りにヤツに質問しろ」
ジョンはスコープを覗いたまま舌を“コンコン”と鳴らし指示を仰いだ。
「スラドの原子力技術者のイッターかっ?そうならゆっくり時計回りに一周して両手を前に出せ。少しでも妙な事をしたら即座に発砲する。
司、助手席に結束バンドがある。近づいて拘束。俺の射線に入るなよ。よしこっちに連行しろ。やるじゃねーか司隊員。でも次からセフティは外せよ」
勇仁は忠美と尚美に近づくとメモを見せた。“アルファのアルマジロが1つ回復した。状況確認する。現場にはまだ伏せる。島津君はイッターの尋問と現場指示を頼む”
「こちらホーク。チャーリーそちらの状況を報告せよ」
「こちらチャーリー浜田。もうすぐトラックに向かいます」
「ホーク了解、尚美主任。そちらの状況を報告せよ」
「手こずってます。本体のケーブルがこれ以上伸びないのでウィンチを使います」
「ホーク了解。引き続き作業を続行せよ。司隊員は尚美主任たちのサポートに回ってくれ。他の隊員はトラックで待機」
勇仁は通信の回復した隊員のプロフィールをモニターに追加すると交信した。
「こちらHQ。アルファ、マイケル・エリオット隊員応答せよ。無線が回復、君のカメラをモニターしている。位置もだ。信号は文房具店から発せられている。状況を知りたい。君が発砲したのか?」
「HQ、文具屋か分かりません。倉庫みたいな場所です。自分は撃ってません。誰が撃ったのか…でも多分、怪物に撃ったんだと思います」
勇仁は困惑し眉をひそめた。モニターに映る彼の心拍数がかなり高い。
「…落ち着けエリオット隊員。今いる場所は安全か?説明してくれ」
「はい。見ました。見たんです。でも言えません。とても現実とは、なにから説明すれば、その…自分は用を足したくて隊から離れました。気色悪い音が聞こえたあと仲間の声が聞こえたので様子を伺いました。ブラボーが頂上に向かって行くのが見えて、銃声が聞こえて、そしたら別の道の茂みから…」
会話が止まると荒い息づかいだけが聞こえる。
「エリオット隊員落ち着くんだ。茂みの中から?」
「茂みから、おかしなマスクを被った集団が現れて。そしたらいきなり、人より大きな猿みたいな、ヒヒみたいのが突然スパイダーに乗っかって押し潰しました。そのあと猿みたいな怪物は両手で仲間の肩を掴むと仲間は次々と倒れました」
勇仁の眉間のしわは更に深くなった。
「それで、その後はどうなった?」
「変な集団は倒れた仲間を抱えて、猿みたいなのはスパイダーを引きずって頂上に向かって移動しました。言ってる自分も信じられません。
それから姿が見えなくなってから後を追いました。倉庫に入るのが見えたので裏側から回り込み中に入りました。奴等は入り口近くに居ると思います」
「…わかった。肯定しよう。表にチャーリーとデルタが来ている。一時撤退する。がMIA(作戦行動中行方不明)は出したくない。何とか連中と他の隊員の位置を知りたい。近づけそうか?」
「了解。隊長やってみます」
「HQ了解。モニターはしているが、少しの間こちらからの交信を空ける」
勇仁はSWに入ってきたササエルのメッセージを見ると目を見開き動揺した。
「ササエル、本当か?衛星の情報をモニターに出してくれ」
「了承しました。ここより約400kmのフィリピア海で台風の発生を衛星が捉えました。現在の中心気圧は991hpa、時速は約30km。過去の気象記録から見ても不自然な発生と進路です。さらにスピードと規模が拡大しています。
発生経過と合わせてシミュレーションしたところ最悪の場合3時間程で当海域を直撃する予定です。それから八岐島の漂流速度が低下しています。原因は不明です」
モニターに気象図と濃い雲の渦にハッキリと目が確認できる衛星の静止画が映る。後少しすると暴風域に入る。勇仁は苛立ち下唇を噛むとため息をついた。
「念の為キマイラとクァムの基地にも通告。それからWMO(世界気象機関)に問い合わせて情報を収集してくれ」
「了承しました…WMOにすでに3件の報告が上がっています。うち1件のフィリピア船籍のコンテナ船からの映像を取得。モニターに表示します」
コンテナ船のブリッジから撮影している様子がモニターに表示された。コンテナ船の付近は比較的穏やかだが、水平線付近は荒れていた。大きなミズクラゲの傘、または歪なキノコの様な分厚い雲が空に蓋をしている。傘の下は灰色にくすみ豪雨と青白い閃光がほとばしる。
船員の叫ぶ声が聞こえるとカメラが少し遅れ分厚い雲の先にフォーカスされる。煙の様な水蒸気と巨大なうねる竜巻が映し出された。船員は興奮し口々に何か叫んでいる。カメラはさらに竜巻をズームアップさせた。
そこには口が赤く発光し水蒸気を息の様に出す巨大なウツボの様なものが踊る様に跳ねていた。下顎には長い2本の髭、左右非対称な羽の様なヒレが付いた。
勇仁は呆気に取られて口と目を見開いた。
「もう1件の映像も撮影場所は違いますが同じ様な内容です。これが生物なのか現象なのかは現段階では不明ですが水蒸気と上昇気流の発生源と思われます」
「映像の船員たちは何て言っているんだ?」
「レヴィアタン、バクナワ、どちらも想像上の海竜の名前を叫んでいます」
「原因は兎も角、台風の進路を注視。映像収集、解析も続けてくれ」
勇仁は忠美と尚美の後姿を見ると苦虫を噛み潰したような顔をした。
カドリとルーカス、司とスパイダー以外はトラックに集まった。
「こちらホーク。イッターに尋問をする。マクレガー分隊長中継してくれ」
ジョンはAR-M5Fから手を放すとガンスリング(銃の吊りひも)に預けた。代わりに腰のホルスターからM19拳銃を抜くと片手でチャンバーをチェックした。
「了解。我々は…えー政府から要請を受けて調査を行っている。島に不法侵入、また…安全を脅かす脅威に対し武力を行使する権利を有している。それから…兎に角お前を尋問する。イッター・イワノビッチ・イワンチェンコフ本人か?」
「…そうだ」
イッターは一点を見つめ動揺する様子もなく答えた。
「…お前はアースアンバサダーの一員か?お前たちの目的は何だ?」
「違う。彼等の目的に興味はない。私は約束を果たす為にここへ来た。約束を果たすまでは死にたくない」
「約束だと?何の約束だ?誰と?」
「言えない。言ってしまうと約束を破る事になる」
「こいつ、ふざけてるのか?…了解。お前の妹を含め他のメンバーは何処だ?」
「私はふざけてなどいない。至って自然で普通だ。シャベンナとは途中で逸れてしまった。近くに居るはずだ。見つけたら保護して欲しい。
他の人間の事は、今は言えない。私は日本に亡命を希望する。だからここに来たのだ。それから君たちの組織に悠子、不破悠子を知っている人間はいないか?」
「はぁ?何を寝ぼけたこと言ってやがる。誰の事だ?」
「なんで?なんで母さんの名前を知っているの?」
陽子はゴーグルを上げるとイッターに歩みよった。イッターは驚愕した陽子を見ると目を見開いた。
「君は?君は悠子の娘か?だが彼女にはあまり似ていないな。ハハっそうか、和穏との子供だな。よく見れば目元がそっくりだ」
忠美は振り向くと勇仁を見た。立て込んでいる勇仁の姿を見るとモニターに顔を戻した。笑みを浮かべて笑い出すイッターにジョンは銃口を向ける。
「黙れ!黙るんだ。お嬢ちゃん落ち着いて、ハマータ彼女を押さえてくれ」
「こちらホーク、陽子隊員落ち着きなさい。マクレガー分隊長、尋問を中断。イッター本人で間違いないだろう。恐らく朝の騒動もヤツだ。処分は後回しにする」
「私の安全と亡命を条件に君たちに協力しよう。役に立つぞ。きっと」
「それ以上は喋んな。大人しく座っていろ!」
イッターはもう一度陽子を見ると俯き笑みを浮かべた。
「隊長まずいです。奴ら仲間を連れて表に!隊長…」
「総員、目の前の倉庫から何か出てくる。入り口を注視!襲撃に備えろ」
「隊長、何に?ですか?」
忠美は困惑し問いかけると後ろを振り向いた。勇仁の苦悶様が目に入った。
「真偽の裏取中だったが状況が変わった。全員銃を構えろ。これは命令だっ」
無線を聞いた隊員たちは銃口を倉庫に向けた。入り口から隊員が出てきた。しかし足が地面についていない。その後ろから隊員の頭を片手で握った大きな怪物が出てきた。隊員と比較するとかなり大きい。そのあとも奇妙な集団が意識のない隊員を抱えて出てくる。目にした状況が理解できず全員呆気に取られていた。
突然イッターが“くわっ”と見開くと一瞬白目をむいた。拘束された両手をかざし勢いよく自身の腹に当てると結束バンドが壊れた。不敵な笑みを浮かべたまま陽子に駆け寄ると纏わりついた。片腕を陽子の首にまわすと腰のホルスターからM19を引き抜いた。
「すばらしい。素晴らしいタイミングだ。おっと全員銃のマガジンを抜いて下に置いて下さい。そして両手を頭の上に、さもないと彼女は死にます。貴方はヘルメットを外して下さい」
陽子は震える手であご紐を外すとアルマジロを下に落とした。イッターはまたニヤリと笑みを浮かべると上腕二頭筋が少し盛り上がった。
「そんなに抵抗しなくても…おや?体は正直ですね。ほら足が震えてる。それに頸動脈もドンドンと早く。ん~心地よい脈拍が腕に伝わってくる。そろそろ皮膚から汗が滲み出てくる。ねっ?生きている実感を得られるでしょ?それに血と汗と泥にまみれる姿は女神フレイヤの様だ。想像できるよ」
イッターは高揚し恍惚の笑みを浮かべる。陽子の項に顔を埋めると深呼吸し不自然に少し腰を引いた。
「おっと失礼。私とした事が…私には崇高な使命があるんです。みなさんのお蔭で面倒な手間が省けました。感謝の念に堪えません」
イッターはそのまま奇妙な集団の方へ後ずさりしながら近づく。勇仁は立ち上がり声を荒げた。
「スパイダーはイッターの音声を拾え!ジョン(マクレガー分隊長)、彼等は其処に…実際に見えるのか?」
「あぁ信じれんが見えてる。昔ルーシー《むすめ》と映画で視たパワフルレンジャーのヴィランと取り巻きみたいだ」
尚美は振り返り勇仁を見ると頷いた。イッターは尚も集団に近づく。
「獣人は狒狒に獣頭人身はロゴ・トゥム・ヘレってところですか。赤いのは…オーガ?若しくはデーモンか?砂を持っていないのに…被災者か?まぁ後でわかるでしょう。
おぉあれが再生のゆりかご・ウロボロスか!この地域では大蛇と言うべきか。どれも少し想像と違うが神話が目の前に…すばらしい!見たまえ、大蛇の周りを空間が揺らいで見えるじゃないか。始まる。始まるぞ。終わりの始まりが。
さぁ大蛇よ。早くこっちに来い。彼女の本当の姿を見せてくれっ!」
イッターの言動に触発された勇仁は更に苛立ちの表情を露わにした。
「くそっ。聞いてないヤツもいる。数が多い。ササエル、ヤツは何を言っている?イッターの話から情報を集めてモニターに関連付させろ」
「了承しました。アンノウン集団は全部で42体、内39体は蛸の様な頭部と会話のロゴ・トゥム・ヘレと推測。ホリネシアの伝承では悪魔の蛸と記されています。さらに複数のアースアンバサダー構成員と服装が一致しています。他は収集中です」
勇仁は踵を揺らすと痺れを切らして口を開く。
「全員聞いてくれ。エリオット隊員、M204(40mm口径グレネードランチャー)に催涙弾を装填して奴等の左側面に回れ。私の合図で発煙手榴弾を陽子隊員と連中の間に全て投げ込め。
尚美主任は合図とともにスパイダーでイッターに突進。アームでイッターを取り押さえろ。近くの3名はスパイダーを盾に続きイッターと陽子隊員を確保。そのあとは後退しながら右側面に展開。残りの隊員は銃を拾って左に展開。
ホークはヘルアローを集団左右の隊員が居ない場所に撃つ準備を。
ササエル、全員のアルマジロをサーマルモードに…デカいミミズみたいなヤツは熱が異常に高く赤いヤツ低い注意しろ。意識のない隊員は動かないはずだが充分に注意してくれ。以後の指示は追って出す。厳しい局面だが臨機応変に対応してくれ」
勇仁が話している間にも巨大なミミズの様な物がイッターに近づいてくる。薄い紫白色の巨体の先頭は8つに別れたり1本に閉じたり不自然に蠢いている。イッターは陽子を放すと銃口を向けて少し後ろに下がった。
「そのまま動かないでジッとしていて下さい。すぐに終わります」
「エリオット隊員、いまだっ!」
イッターは発煙手榴弾に気がつくと陽子を突き飛ばした。スパイダーがイッターに突進する。陽子の前に煙の中から8つに開いたミミズの頭が現れた。
「ねえちゃん!!あぶ…」
声と共に陽子は更に横に突き飛ばされた。振り向き様に司の顔が見えると地面に倒れこむ。体を起こすと司の右手が煙の中に消えて行った。
「つかさ?司!?うそ。いやぁぁーーーーーーー」
イッターはスパイダーのロボットアームに両手を捕まれながら陽子を凝視する。
「なんてことだ!くそっゴミみたいな奴がっ…精々《せいぜい》ロゴ・トゥム・ヘレだろう…うん?さっき姉ちゃん?姉と言ったのか。なんだ。もう一人居たのか…兄弟が、さぁウロボロス素晴らしい音色を聞かせてくれ。何がでるかなっ何がでるかな。あ~楽しみだ」
煙の中にイッターの笑い声だけが響いた。




