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06.急変した婚約者

 翌日、ダミアンが花束を持ってエメラインのもとを訪れた。

 応接間の入り口ではバートが警戒した様子で立っているが、ダミアンはそれを気にする様子もなく、エメラインに声をかける。


「体調は大丈夫か?」


「は……はい……」


「昨日は悪かったな。つい感情的になってしまった」


 そう言って差し出された花束を受け取りながら、エメラインは困惑していた。

 ダミアンは、まるで別人のように態度を変えていたのだ。これまでは傲慢な態度でエメラインに接していたというのに、今は妙にしおらしくなっている。


「あの……ダミアンさま、どうかなさったんですか……?」


「いや……きみに対する態度を改めようと思ったんだ」


 ダミアンは晴れやかな笑顔を見せた。

 しかし、エメラインはその言葉を素直に信じることができない。ダミアンは以前からずっと、エメラインのことを見下していたのだ。それがこうも簡単に変わるものだろうか。


「そんなことより、きみの髪のように鮮やかな赤い花があったから持ってきたんだ。綺麗だと思わないか」


 ダミアンは花束から赤い花を一本抜きとると、エメラインの手を取って握らせた。

 その瞬間、エメラインの背筋にぞくりと寒気が走る。

 以前のダミアンなら絶対にしない行動だ。だが、今目の前にいるダミアンは、それが当然であるかのように振る舞っている。


「あ……ありがとうございます……」


 エメラインが戸惑いながらも礼を言うと、ダミアンはさらに距離を詰めてきた。


「……こうして見ると、きみは意外と整った顔をしているな。それに肌の色も白くて美しい」


 ダミアンはエメラインの手を握りしめたまま、まじまじと見つめてくる。


「ダミアンさま、やめてください」


 エメラインは慌てて手を引っ込めようとしたが、ダミアンは離そうとしなかった。それどころかさらに力を込める。


「痛っ……!」


「ああ、すまない。力を入れすぎたようだ」


 ダミアンはそう言うと、今度は優しく撫でるような仕草で触れ始めた。エメラインはぞわりとした感覚に襲われ、鳥肌が立つのを感じる。


「な、何を……」


「ん? ……そうだ、せっかくだから、一緒に買い物に行こうか。ドレスとか宝石なんかも欲しいだろう。なんでも買ってあげるよ」


 ダミアンは優しく微笑む。

 以前ならば、とうとう心を入れ替えてくれたのかと感激して、喜んでいたかもしれない。だが、今のエメラインにとっては、彼が何を企んでいるのかという不安しかなかった。


「いえ、結構です」


 エメラインは首を横に振ったが、ダミアンは諦めない。


「遠慮しなくていいんだよ。ああ、そうか。今日は突然押しかけてしまったから、予定があるんだな。では、明日ならどうだ?」


「いえ、そういうわけじゃ……」


 エメラインが口ごもると、ダミアンは嬉々として言った。


「そうか! では明日にしよう。迎えに来るから待っていてくれ」


「え!?」


 ダミアンは一方的に話を進める。エメラインは抗議しようとしたが、彼はもうすでに部屋を出て行ってしまった後だった。

 残されたエメラインは呆然とする。


「どういうつもりなのかしら……」


 エメラインは眉をひそめながら、ため息をつく。

 ダミアンの態度の変化は不可解だったが、婚約者の誘いを断ることはできない。憂鬱な気持ちのまま、エメラインは応接間を後にした。




 そして翌日、宣言どおりダミアンは現れた。


「おはよう、エメライン。よく眠れたか?」


「ええ、まぁ……。それより、昨日のことですが……」


「では早速出かけよう。馬車を用意しているから、乗ってくれ」


 ダミアンは有無を言わせず、エメラインの手を取る。そのまま屋敷の外へと連れ出した。

 エメラインは困惑しながらも、仕方なく従う。


「そうだ、きみの護衛も連れていこう。構わないだろう?」


「え? は、はい……それはもちろん……」


 バートを連れていくのは、エメラインにとって安心できることだ。断る理由などない。

 ただ、ダミアンはバートを嫌っているようなのに、どうしてだろうと疑問がわく。


「それはよかった。さあ、こっちへ来てくれ」


 ダミアンはエメラインの肩を抱きながら、馬車に乗り込む。エメラインは抵抗することもできず、されるがままになっていた。

 馬車の後ろをバートが馬に乗って追いかける形となり、街へと向かう。

 道中、エメラインは終始無言だった。何か話しかけられても生返事しかできない状態だったのだ。


「ついたよ」


 ダミアンに言われて顔を上げると、そこは高級店が並ぶ区画の入り口付近だった。


「ここは……」


 エメラインは戸惑いの声をあげる。


「きみが欲しそうなものを何でも買ってあげようと思ってね。平民ごときでは一生かかっても手が届かないような品ばかりを取り揃えているんだ」


 ダミアンは得意げに言い放った。


「あの……私は別に何も……」


「遠慮はいらないよ。好きなものを選んでくれたまえ。ああ、護衛は外で待っているように。平民ごときが入れる店ではないからな」


 ダミアンはそう言って、店の扉を開ける。エメラインは途方に暮れながらも、仕方なしに中に入った。

 店内には煌びやかな装飾品の数々が飾られている。どれも高価そうな品ばかりだ。

 エメラインは圧倒されつつ、おずおずと尋ねる。


「ダミアンさま、本当に私は何も……」


「まあまあ、見て回ってみたらどうだい? きっと気に入るものがあるはずだ」


 ダミアンはエメラインの背中を押して、奥の方へと誘導する。


「このブローチなんて似合いそうじゃないか」


 ダミアンはそう言うと、小さな赤い宝石のついたブローチを手に取った。


「そちらは希少な紅玉を使用しております。なかなか手に入らない逸品ですよ。特に最近は魔物の発生により流通量が減りまして……」


 店員が説明を始めるが、ダミアンはそれを遮るように言った。


「ああ、そんなことより、これをプレゼントしたいのだが」


「かしこまりました」


「ちょっ……!」


 エメラインは慌てて止めようとする。しかし、それよりも早くダミアンは会計を済ませてしまった。


「ほら、つけてあげるよ」


 ダミアンは笑顔でエメラインの前に立つと、慣れた手つきでブローチをつけてくれる。


「うん、よく似合う。こういった高級な品を身に着ければ、それだけ価値のある人間に見えるものだ。これできみも少しはましになるんじゃないかな?」


「いえ、私にはこんな高価なものは必要ありませんから……」


「遠慮することはない。これはきみへの愛ゆえの行動なのだから。……さあ、次はどこへ行きたい?」


 ダミアンはそう言うと、再びエメラインの手を取った。

 エメラインは困惑する。急に態度の変わったダミアンもそうだが、何よりもかつて憧れていた状況にいるというのに、少しも嬉しくない自分自身が一番不思議だった。

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