表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/45

【コミックス④発売記念SS】エメライン

本編終了後の話です。

 これまでの様々な出来事を乗り越え、今ではこのギャレット辺境伯家が、バートにとっての帰る場所となっていた。

 エメラインも、アルマも──きっと同じように思っているだろう。


 庭園に、やわらかな風が吹き抜けていく。

 陽光に照らされた白い花が揺れ、その香りがふわりと広がった。

 その中を歩きながら、バートは何気なく口を開いた。


「──エメライン」


 少しだけぎこちない響き。

 けれど確かに、その名前を呼んだ。

 それを聞いたアルマが、ふと足を止める。

 振り返ったその顔には、どこかくすぐったそうな笑みが浮かんでいた。


「……エメラインと呼ぶようになったのね」


 からかうでもなく、ただ確かめるような声音だった。

 バートは一瞬だけ言葉に詰まり、それから軽く肩をすくめる。


「まだ慣れないけれど」


 そう言いながらも、先ほどの呼び方を頭の中でなぞる。

 以前は、『お嬢さま』だった。

 恋人同士になったときに、ようやく『エメラインさま』と呼ぶようになったが、敬称を取ることはできなかった。


 それが今では、名前をただ呼ぶだけ。


 ほんのわずかな違いとも言える。

 それなのに、どうしてこうも落ち着かないのか。


 そんなバートの様子を見て、アルマは小さく息をついた。


「私もよ」


「……姉さんも?」


 思わず聞き返すと、アルマは苦笑する。


「ええ。まだ慣れなくて……」


 ほんの少しだけ声を落とし、いたずらを打ち明けるように続けた。


「実はね。こっそり、一人で練習しているの」


「……そうなのか」


 意外な思いで目を瞬かせたあと、バートは一瞬だけ言葉を切った。

 わずかに視線を逸らし、観念したように続ける。


「……俺もだ」


 アルマが目を瞬かせる。


「あなたも?」


「ああ。誰もいないところで、何度か」


 そう言って、わずかに苦笑する。

 アルマは小さく息をついた。


「同じね」


 どこかくすぐったそうに微笑むその様子に、バートも肩の力を抜いた。


 アルマは元々、エメライン付きの侍女だった。

 その頃の彼女にとって、『さま』を外すことなど考えられなかったはずだ。


 だが今は違う。


 辺境伯の養女となり、エメラインの姉として並び立つ存在になった。

 だからこそ、呼び方も変わった。


 けれど──。


「名前を呼ぶだけなのに、不思議ね」


 アルマが、どこか遠くを見るように呟く。


「ずっと昔から知っているはずなのに……今になって初めて呼ぶみたい」


 その言葉に、バートは静かに頷いた。


「……わかる」


 自分も同じだ。

 仕える立場だった頃は、名前を呼び捨てにするなど許されないことだった。

 敬意を込めて距離を置くことが、当然だった。


 だが今は──。


「俺は夫で……姉さんは家族だ」


 ぽつりとこぼす。

 アルマが、ふっと微笑んだ。


「ええ。だから呼び方も変わったのよね」


 その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。

 変わったのは呼び方だけではない。

 関係そのものが変わったのだと、改めて思い知らされる。


 アルマが小さく息を吸った。


「……エメライン」


 今度ははっきりとした声。

 けれどやはり、どこかぎこちない。


 バートも続くように口を開く。


「エメライン」


 二人で顔を見合わせ、思わず苦笑した。


「まだ、少し照れるわね」


「……ああ」


 そのときだった。


「二人で私の名前を呼んでいたの?」


 背後から、穏やかな声がかかる。

 振り返ると、そこにはエメラインが立っていた。

 いつの間にか近くまで来ていたらしい。

 エメラインは楽しげに首を傾げている。


「い、いえ、これは……」


 アルマが珍しく言葉に詰まる。

 バートもわずかに視線を逸らした。

 そんな二人の様子を見て、エメラインはくすりと笑う。


「でも、嬉しいわ」


 やわらかな声が響く。


「家族が、私の名前を呼んでくれるのは」


 その言葉に、二人は顔を見合わせた。

 少しだけ照れくさくて、それでも──。

 バートが先に口を開く。


「……エメライン」


 アルマも続く。


「エメライン」


 今度は先ほどよりも、ほんの少しだけ自然に。


 エメラインは満足そうに微笑んだ。

 白い花が風に揺れ、香りがまた広がる。

 その中で、三人は並んで歩き出す。


 呼び方はまだ少しだけぎこちない。

 けれどその距離は、確かに近づいていた。


 その名を呼ぶたびに、確かめることになる。

 ここが、自分の帰る場所なのだと。

本日2026/3/26にヤングチャンピオンコミックス様より、コミックス4巻が発売となりました。

とうとう最終巻、原作以上に感情を揺さぶられるハッピーエンドです!


また、柏木先生による、バートがエメラインの名前を呼ぶ練習などの漫画も収録されています。

とても微笑ましいおまけマンガとなっています。


ぜひお手に取っていただければ嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆コミカライズ◆
『無能と蔑まれた令嬢は婚約破棄され、辺境の聖女と呼ばれる~傲慢な婚約者を捨て、護衛騎士と幸せになります~』
1巻
2巻
3巻
4巻
無能令嬢は辺境の聖女と呼ばれる1   無能令嬢は辺境の聖女と呼ばれる2
無能令嬢は辺境の聖女と呼ばれる3   無能令嬢は辺境の聖女と呼ばれる4

◆電子書籍◆
『無能と蔑まれた令嬢は婚約破棄され、辺境の聖女と呼ばれる~傲慢な婚約者を捨て、護衛騎士と幸せになります~』
1巻
2巻
無能令嬢は辺境の聖女と呼ばれる1   無能令嬢は辺境の聖女と呼ばれる2
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ