【コミックス①発売記念SS】アルマと不思議な店
物語の序盤あたりの話です。
「ほら、さっさとしろ! 本当にグズだな!」
「も、申し訳ございません、ダミアンさま……」
一人でさっさと馬車に乗り込んだダミアンに促され、エメラインは恐縮しきりといった様子で乗り込んだ。
エメラインの専属侍女であるアルマは、婚約者ならエスコートくらいしろ、と内心毒づきながら、馬車が走り出すのを見送る。
そして馬車が見えなくなった頃、隣にいた弟のバートが、ため息を吐いて首を振った。
「……姉さん」
「ええ、言わなくてもわかっているわ。でも……私たちには何もできないのよ……」
悔しさに俯きながら、アルマは絞り出すように呟いた。
ダミアンのエメラインに対する態度には、許しがたいものがある。
しかし、使用人に過ぎない自分たちでは、伯爵令息であるダミアンを諌めることなどできないのだ。
アルマにできるのは、せめてエメラインの気が休まるような環境を作ることだけだった。
「……お嬢さまの好きなお茶を用意しましょう。お菓子も用意して……ちょっと買い物に行ってくるわね」
「ああ、行ってらっしゃい。俺も一緒に行こうか?」
「大丈夫よ。バートは鍛錬があるでしょう? それに、買い物なら私一人で十分だから」
「そう? じゃあ、気をつけてね」
「ええ。ありがとう」
バートに見送られ、アルマは街に買い物に出かけた。
しかし、街での買い物中も頭に浮かぶのはエメラインのことばかりで、アルマは深いため息を吐く。
「お嬢さま……大丈夫かしら……」
ダミアンと婚約してから、エメラインはすっかり元気がなくなってしまった。
それでも辺境伯領を継ぐために、婚約者の横暴に耐えている。
魔力のないエメラインは、魔力の強いダミアンを婿にして、子を生すことが求められているのだ。
「……神よ、どうかお嬢さまをお救いください」
思わずそう祈った、その時だった。
「あら?」
見慣れない道があることに気づき、アルマは足を止める。
このあたりの地理は頭に入っているはずだが、この道は知らない。
「こんなところに道なんてあったかしら?」
首を傾げなら、アルマはその道の先を見た。
すると、古本屋の看板がかかっていることに気づく。
「こんなところに古本屋……? でも、本の好きなお嬢さまは喜ぶかもしれないわ」
道の奥に見える古本屋は、とても年季が入っているように見えた。
もしかすると掘り出し物があるかもしれない。そう思ってアルマはその店に足を踏み入れた。
店の中は薄暗くて埃っぽく、しかしそれがまた、独特の雰囲気を醸し出していた。
「いらっしゃいませ」
古本屋に入ると、店の奥にあるカウンターに店主らしき老人がいた。
どうやら彼は、この古本屋の店主のようだ。
「少し見て行っても?」
「どうぞ、ごゆっくり」
店主に断りを入れ、アルマは本棚を見る。
するとそこには古い本がずらりと並んでいた。
その本の中に呪術書を見つけ、アルマは思わず目をみはる。
「呪術書……?」
「ああ、それは東方で使われている呪術をまとめたものですよ。なかなか珍しいでしょう?」
「ええ。初めて見ましたわ」
「よろしければどうぞご覧になってください」
「ありがとうございます。……あら? これは……」
ぱらぱらとページをめくっていくと、呪いの藁人形の作り方について書かれているページがあった。
「ああ、それは呪殺のための呪術ですね」
「呪殺……」
「ええ。呪い殺す方法ですよ」
店主はそう言うと、カウンターの奥から小さな箱を持ってきた。
その箱の中には、人の形をした藁人形が入っている。
「これは……?」
「これが呪殺のための人形ですよ」
「……っ」
店主の言葉に、アルマは息をのむ。
しかしそんなアルマに構わず、店主は続けた。
「この人形に呪いたい相手の髪を埋め込み、その人形に釘や針を打つんです。そうすると、呪い殺したい相手を殺すことができるそうですよ。あるいは、社会的に抹殺される、なんてこともあるかもしれませんね」
「……そうなのですか。とても興味深いですね」
アルマの目は藁人形に釘付けになっていた。
頭をよぎるのは、エメラインの婚約者であるダミアンのことだ。
彼さえいなければ、エメラインはあんな思いを抱かずに済むのに。
「これはおいくらでしょうか?」
気づけば、アルマはそう尋ねていた。
「……お代は結構ですよ」
「え?」
店主の言葉に、アルマは思わず顔を上げる。
「ただ、いつか呪いが成就したとすれば、教えていただきたいのです。どのような形で呪いが成就したのかを」
「……わかりました」
店主の不思議な申し出に首を傾げながら、アルマは頷く。
「では、その時をお待ちしておりますよ」
店主はそう言って微笑むと、アルマに箱を差し出した。
アルマは藁人形の入った箱をそっと受け取る。
「ありがとうございます」
アルマは店主に礼を言って店を出る。
帰り道を歩きながら、ふと後ろを振り返ると、もうそこに古本屋はなく、ただ路地が続いていた。
「……?」
確かにあの店に入ったはずなのに、とアルマは首を傾げる。
だが、手元にある箱の重みは本物だった。
「不思議なお店だったわね……」
アルマはそう呟いて、再び歩き出した。
本日2024/9/27にヤングチャンピオンコミックス様より、コミックス1巻が発売となりました。
柏木トウコ先生により、健気なエメラインと、彼女を支えようとするバートの身分差恋愛が切なく、とても魅力的に描かれています。
また、原作者による書き下ろしSS「アルマの一日」も収録されています。
この話の続きで、藁人形が出てきます。
さらに、柏木トウコ先生がとても素敵なイラストを付けてくださいました。
ぜひお手に取っていただければ嬉しいです!