【電子書籍化&コミカライズ記念SS】家族
本編終了後のエメラインたちの日常です。
無事に結婚式を挙げて、晴れて夫婦となったエメラインとバート。
領地ではお祭り騒ぎとなり、領民からも盛大に祝われた。
エメラインは辺境伯領の危機を救い、辺境の聖女として慕われている。
その夫となるバートも、黒竜を倒した英雄として領民に讃えられていた。
結婚式から数か月が過ぎ、エメラインは十六歳、バートは十八歳になっていた。
次期辺境伯としての仕事を学んだり、時には魔物退治に出かけたりしながら、穏やかな生活を送っている。
「エメライン。今日も綺麗だよ」
「バート、あなたも素敵だわ」
エメラインとバートは、今日も仲睦まじく過ごしている。
二人で庭園の散歩をしていると、芳しい香りが漂ってきた。香りの元を辿ると、そこには小さな白い花がいくつも咲いている。
「まあ、綺麗に咲いたのね」
エメラインが小さな白い花にそっと触れると、甘い香りが鼻をくすぐる。
幼い頃にエメラインが一番好きだった花だ。
いつか結婚を申し込まれることがあったら、これを贈ってほしいとバートをからかったことがある。
幼い日に一度言っただけの些細な思い出を、バートはしっかりと覚えていてくれたのだ。
「ここでも咲いてくれてよかったよ」
「本当ね。バートがわざわざ、魔の森から持ち帰ってきてくれたのだもの」
かつてエメラインの生家に咲いていたこの花は、母が魔の森から採取してきたものだったという。
母が亡くなってからは枯れてしまったが、バートが魔の森まで探しに行ってくれた。
根ごと持ち帰ったため、結婚式のブーケに使うだけではなく、花壇に植えてこれからも見ることができる。
エメラインにとっては、とても嬉しいことだった。
「……あの頃が嘘のようね。今はこうして、バートと夫婦になれるなんて」
「夢みたいだよ」
花に触れるエメラインの手を、バートの大きな手が包む。
「でも、夢じゃない」
「そうね。これからずっと、二人で一緒に生きていくのね」
エメラインとバートは見つめ合い、そっと唇を重ねた。
ずっと無能と蔑まれてきたエメラインは、幸せになる日が来るとは思わなかった。
諦めて手放したはずの夢が、今、現実となっている。
「さあ、エメライン。そろそろ戻ろうか」
「ええ」
バートとエメラインは、手をつないで仲良く歩き出した。
しばらく進むと、屋敷が見えてくる。
「おや、エメラインとバートか。相変わらず仲睦まじく、結構なことだな」
声をかけてきたのは、エメラインの祖父にしてギャレット辺境伯であるザッカリーだ。
その後ろには、ギャレット辺境伯家の養女となったアルマが控えている。
「おじいさま! それに、アルマも。お散歩ですか?」
「うむ。少々、気分転換にな。アルマはわしに付き合ってくれたのだ」
ザッカリーが優しい目を向けると、アルマは恥ずかしげに顔を俯かせる。
「アルマ、まだ慣れぬかもしれんが、遠慮せずともよいのだぞ?」
「……はい、おじいさま」
ザッカリーの言葉に、アルマが微笑む。
なかなかザッカリーに対して遠慮しがちだったアルマだが、最近はやっと『おじいさま』と呼べるようになっていた。
「それにしても、この屋敷がこうも明るくなるとはな。あの頃を思うと、実に感慨深い」
そう言いながら、ザッカリーはそっと目元を拭う。
「エメラインとバートが結ばれたこと、誠に喜ばしく思う。次は二人の子を抱く日が来ることを楽しみにしておるぞ」
「まあ、おじいさまったら」
冗談交じりのザッカリーに、エメラインが笑う。
「焦ることはない。わしもまだ十年くらいは現役でいられるだろう。その間に、そなたはゆっくりと次期辺境伯としての心得を学べばよい。そして、その隣にはバートが常に寄り添っておる」
ザッカリーの言葉に、エメラインもバートも微笑んだ。
「それに、アルマの縁談も考えねばならんな。誰ぞ、良い相手はおらぬのか?」
「えっ……!? わ、私に縁談など不要です……」
ザッカリーの問いに、アルマがうろたえる。
「アルマの姿を見た者は皆、可憐だと言っておったぞ。すでに縁談の申し込みはいくつも来ておる」
「しかし……私は辺境伯家の養女ですが、元は平民の身です。辺境伯家に縁談を申し込めるような方にふさわしくは……」
アルマはまだ気後れしているようで、ザッカリーの言葉にしり込みしてしまう。
「何を言うか。貴族の娘として生を受けようが、平民として生まれ落ちようが、そなたはわしの孫娘であるぞ。そのような些末なことは気にせずともよいのだ」
ザッカリーは、そう力強く断言した。
「おじいさまの言うとおりよ、アルマ」
「エメライン……」
エメラインにも言われ、アルマが目を丸くする。
「アルマは私の大切な姉よ。だから、もっと自信を持っていいの」
「そうだよ。姉さんはこれまでずっと、俺たちのことばかり気にかけて、自分のことを二の次にしてきた。これからは、自分の幸せのことだけを考えてほしいんだ」
エメラインとバートの言葉に、アルマが目を潤ませる。
「二人とも……ありがとう」
そう呟くアルマに、エメラインとバートが優しく寄り添う。
その様子をザッカリーは目を細めて眺めていた。
「でも、焦って結婚する必要はないわ。アルマにふさわしい相手が見つかるまで、妥協はしちゃだめよ」
「そうだ。姉さんに釣り合うような相手じゃないと、俺は絶対に認めないからな」
エメラインとバートがそう言うと、アルマは苦笑する。
「もう、二人とも。私のことを心配してくれるのは嬉しいけれど、少し大げさよ」
アルマはそう言うが、エメラインもバートも気にしない。
「いいじゃない。私たちは家族だもの」
「そうだ。家族には、幸せになってもらいたいからな」
二人の言葉に、アルマが顔をほころばせる。
「……ありがとう」
そして、アルマはそっと感謝の言葉を呟いた。
「うむうむ、家族で仲が良いのは実に素晴らしいことだ」
ザッカリーは満足げに頷くと、屋敷へと足を向けた。
「さあ、そろそろ戻ろうか。アルマも、ゆっくりと考えて決めるとよい」
「はい、おじいさま」
アルマがザッカリーに寄り添い、エメラインはバートと並んで歩き出す。
家族で過ごす穏やかで幸せな日々がいつまでも続きますように――と、エメラインは心の中で祈ったのだった。
電子書籍1、2巻が本日より配信開始しました。
この番外編に出てくる白い花にも関係する、バート視点での幼い頃からの想いといった恋愛要素や、結婚式に向けての話を2万文字ほど加筆しました。
コミカライズもヤンチャンWeb様で始まりました。
柏木トウコ先生による、とても素敵なコミカライズになっています。
また、新作『私の婚約者と浮気している妹が「ここは自分の書いた小説の世界」と言い出しましたが、本当の作者は私です』の連載も開始しました。
ご覧いただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。









