40.二人の旅路(完)
その後まもなく、国王からの結婚許可が下りた。
それまで許可を出さないよう働きかけていた第四王子が、手のひらを返して熱烈に結婚を勧めてきたらしい。
「あの第四王子は正直に言って愚かだが、腐っても王族だからな。保身にかけては長けている。まあ、こちらとしては目的が果たせればそれでいい」
ザッカリーは苦笑しながら言った。
色々と思うところはあるのだが、下手に刺激すると面倒なことになりかねない。エメラインはバートと結婚できるのだから、それで良いことにした。
「さて、これでようやく帰れるな。領地に戻って、そなたたちの結婚式だ」
「はい!」
胸を弾ませながら、エメラインは元気よく返事をする。
第四王子からは、王都で盛大な結婚式を挙げてはどうかとの勧めもあった。しかし、領地を長く空けると魔物が活性化するかもしれないと言えば、あっさり引き下がったのだ。
これ以上、茶番劇に付き合う必要はない。
「わしはパトリシアとオーガストが結ばれることを願ったが……まさか、その子たちで望みが叶うとはな……」
「はい?」
唐突なザッカリーの呟きに、エメラインは首を傾げる。
母の名を言われたようだったが、よく聞こえなかったのだ。
「なんでもない。独り言だ」
「そう……ですか」
エメラインは釈然としないながらも、それ以上追求するのはやめた。
「お嬢さ……いえ、エメラインさま」
そこにアルマが声をかけてくる。
彼女は正式にギャレット辺境伯家の養女となった。だが、まだ慣れていないためか、ついお嬢様と言いかけて訂正したようだ。
その呼び方に、エメラインは思わず苦笑する。
「アルマ……『さま』も余計よ。あなたもギャレット辺境伯令嬢になったのだから、エメラインと呼び捨てにしてくれればいいの」
「で、ですが……」
「お願い」
エメラインが懇願するように見つめると、アルマは戸惑いながらも小さく息をつく。
「……わかりました。エメライン」
「ええ。これからもよろしくね」
二人は微笑み合った。
だが、すぐにエメラインは声をかけられたことを思い出し、首を傾げる。
「それで、どうしたのかしら?」
「はい。弟が先ほどからそわそわしていて、エメラインに何か話したいことがあるみたいなんです」
「あら、そうなの?」
エメラインは振り返って、後ろにいるバートを見る。
「あ、いえ……大したことではないので……」
バートは気まずそうにしているものの、明らかに話したいという表情をしている。
その様子を見て、エメラインはふっと頬を緩める。
「大丈夫よ。何でも言ってちょうだい」
そう言って促すと、バートは少し迷った後、意を決したように口を開いた。
「実は……領地に戻る前に寄りたい場所があります。一緒に来てくれますか?」
王都を旅立ったエメラインたちは、魔の森にやってきた。
バートの本当の両親が命を落とした地である。
「今は魔物も鎮静化しておるが、魔の森には変わりがない。油断しないようにな」
「はい」
エメラインは緊張気味に答えた。
だが、隣にいるバートは平然としていて、特に怖がっている様子はない。
「ここが……バートのご両親の亡くなった地なのね」
森の奥深くを眺めながら、エメラインは呟く。
「そうですね……でも、正直なところ、自分の両親と言っても実感はありません。俺はそのとき、赤子だったそうですから」
「……そう」
エメラインは静かに相槌を打つ。
「でも……彼らが俺を生かしてくれたからこそ、今こうしてあなたと一緒にいられるのです。感謝しています」
そう言って、バートは柔らかく笑う。
「……そうね。私も感謝しなくちゃ」
エメラインはバートの手を取り、ぎゅっと握り締める。
その温もりを感じながら、エメラインは思う。
この人に出会えたことが、何よりも幸せだと。
そして、もしバートが命を落としていたら、自分は生きていけなかっただろうとも。
「……どうやら、魔物の気配もないようだし、わしは先に戻っておる。二人でゆっくりしてくるといい。ただ、あまり遅くなるなよ」
ザッカリーは二人の様子をしばらく見守った後、背を向ける。
「ありがとうございます」
二人が礼を言うと、ザッカリーは片手を上げて応えた。
「行きましょう」
「ええ」
二人は手を繋いだまま、森の中を進んでいく。
「魔物の姿は見えませんね」
「そうね」
周囲に視線を巡らせながら呟くバートに、エメラインも答える。
「……俺の本当の両親を罠に嵌めたのは、ボーナム伯爵夫人です。でも、直接の仇は魔物なのでしょう。だから、俺はこれからも魔物と戦っていきます」
前を見据えたまま、バートは宣言する。
「……私も戦うわ。あなたのそばで」
静かに頷くと、エメラインはバートの横顔を見つめた。
「ええ。ずっと一緒ですよ」
バートはエメラインを見つめ返し、穏やかに微笑む。エメラインはその笑顔に胸が高鳴るのを感じた。
「そ……それで、その……そろそろと思って……あの……」
ぶつぶつと呟きながら、バートは落ち着きのない様子であちこちに目線をさまよわせている。
「どうしたの?」
「いえ……その……」
不思議に思ってエメラインが尋ねると、彼はますます顔を赤くして言い淀んでいる。
「そ……その……エメライン……!」
それでもやがて意を決したように、バートは感極まったような声を出す。そして、繋いでいた手を引いてエメラインを抱き寄せる。
「あ……」
バートの腕の中にすっぽりと収まりながら、エメラインは目を閉じる。
確か今、バートはエメラインのことを呼び捨てにしていた。それがとても嬉しい。
「エメライン……」
耳元で囁かれる声が心地よい。
エメラインはバートの背中に腕を回して抱きしめ返す。
「愛している……!」
「私も……」
エメラインが言いかけたとき、不意に唇が塞がれる。
「んっ……」
初めてのキスに、エメラインは身を固くしてしまうが、すぐに体から力が抜けていく。
何度も繰り返されるうちに、頭の芯まで蕩けそうになる。
やがて、ゆっくりと顔を離したバートは、潤んだ瞳でエメラインを見つめた。
「あなたを愛している。どうか俺の妻になってください」
「はい……喜んで」
エメラインはバートの首に両手を回し、もう一度引き寄せると、今度は自分から口づけをする。
二人はしばらくの間、無言のまま抱き合っていた。
「……帰ろうか」
「ええ、私たちの場所に」
微笑んで寄り添いながら、二人は歩き出す。
その先には、新たな未来が待っているのだろう。希望に満ちあふれた道のりを思い描き、エメラインは微笑んだ。
これからバートと二人の旅路が始まる。どこまでも続くその道を共に歩んでいくのだ。
「……私、とても幸せよ。これからもっと、幸せになりましょうね」
「ああ。必ず」
バートはエメラインの言葉に力強く答える。
二人はしっかりと手を繋ぎ、新しい一歩を踏み出した。
これにて完結です。
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