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04.叶わない願い

 それから、エメラインはバートの姿を目で追うようになった。

 今までは屋敷にいるときに何をしているかなど気にしたことはなかったが、つい彼を探してしまう。

 だが、見つけたからといって何をするわけでもない。

 むしろ、廊下で偶然会ってしまったときなど、何を話せばよいかわからずに、気まずい雰囲気が流れただけだった。


「今日も庭で訓練しているみたいよ。後で差し入れでも持って行く?」


「いいわね。あなた、誰狙いなの?」


 あるとき、メイドたちが廊下で話している声が聞こえて、エメラインは足を止めた。

 訓練という言葉は、今のエメラインの心に引っかかるものだった。つい何となくエメラインはメイドたちから隠れるようにして、聞き耳を立てる。


「んー、やっぱりバートさんかな。若手の有望株でしょう」


 そこにバートの名が出てきて、エメラインはびくりと身をすくませる。

 彼の名を聞いただけで胸が熱くなり、心臓の鼓動が早鐘を打つようだった。


「バートさんねえ……確かに実力は飛び抜けているけれど、お嬢さま付きでしょう? 将来性がないわよ。あの実力があれば王城の騎士にだってなれるのに、もったいない」


 しかし、続く言葉でエメラインは冷水を浴びせられたように、血の気が引いていく。

 まさか自分がバートの将来を奪っているなど、考えたこともなかった。当たり前のように辺境伯家まで付いてきてもらうつもりだったが、彼にはもっと輝かしい道もあるのだ。

 エメラインは、自分の身勝手さに愕然とする。

 バートには幸せになってほしいと思う一方で、彼が自分から離れていくことを考えると、胸が締め付けられるようだった。


 エメラインはふらふらとその場を離れ、ぼんやりと歩き出す。どこに向かって歩いているのか自分でもよくわからなかったが、やがて訓練場にたどり着いた。

 そこにはいつもどおりバートの姿があり、剣の訓練をしているところだった。

 彼はこちらに背を向けており、エメラインが入ってきたことに気づいてはいないようだ。


「……っ!」


 思わずエメラインは息をのみ、足を止める。バートの広い背中を見つめながら、エメラインは胸の前でぎゅっと両手を組み合わせた。

 汗を流しながら一心不乱に訓練に打ち込む姿は、とても格好よく見える。それも、剣を振るときに魔力がわずかに漏れ出ているようだった。


「魔力……?」


 呆然としながら、エメラインは呟く。

 バートは平民だ。平民は基本的には魔力を持たないはずだが、稀に魔力を持つ者がいるという。先祖に貴族がいる場合、先祖返りということもある。

 だが、それにしたところで、無意識に魔力が漏れ出るということは、相当に大きな力を持っているということではないだろうか。


「……あ! お嬢さま!?」


 エメラインの存在に気づいたバートは慌てて振り向き、直立不動の姿勢を取る。


「どうしてこんなところに……?」


「え、いえ、その……」


 突然のことにエメラインは混乱し、うまく言葉が出てこない。


「訓練の邪魔をして、ごめんなさい……ええと、その……バートは先祖に貴族がいるのかしら?」


 ようやく口にすると、バートは不思議そうな顔になる。


「いえ、聞いた限りでは平民しかおりません。どうかしましたか?」


「その……魔力が漏れ出ているようだったから……」


「ああ……実は、少しだけ魔力を持っているのです。ですが微量で、貴族の方のようにはいきません。それでも、戦いに使えないかとこうして訓練しているのです」


「まあ、そうだったのね……」


 どうやら無意識ではなく、意識してやっていたことのようだ。

 確かに、戦闘で魔力を使いこなせれば有利になるだろう。


「……本当に俺が貴族だったら、あんなクズ男なんかにお嬢さまを渡さずにすむのに……」


 続く言葉はぼそぼそとした声で小さく呟かれ、エメラインの耳にはほとんど届かなかった。


「え……?」


「いや、何でもありません。とにかく俺はちょっとだけ魔力を持っただけの、ただの平民ですから、お嬢さまが気になさるようなことは……」


「そうよね。変なことを聞いてごめんなさい」


 バートが何を呟いていたのかは気になったが、尋ねてみる勇気はなかった。

 エメラインは曖昧に笑って誤魔化し、そそくさとその場を後にする。バートと顔を合わせることがつらくて、そのまま部屋に戻ることにした。


「バートが、私付きの護衛騎士だなんておかしいわ……。本当は、もっとふさわしい場所があるはずなのに、私のわがままのせいで……」


 自室に戻り、一人きりになった途端、エメラインの目から涙がこぼれ落ちる。

 エメラインにとってバートは、兄のような存在だった。いつも優しく守ってくれた彼の存在は、かけがえのないものだ。

 だからこそ、彼を縛り付けてはいけないと思う。

 だが、その一方でエメラインは、彼にずっと一緒にいてほしいとも思っていた。

 バートがいなくなると考えただけで、胸が張り裂けそうなほど苦しくなる。


「こんなことではいけないわ……私には婚約者のダミアンさまがいるのに……」


 自分に言い聞かせるように呟いてみても、一度自覚してしまった想いは消えてくれなかった。

 バートは平民の護衛騎士でしかなく、エメラインには婚約者がいるのだ。身分違いの恋など、許されることではない。

 まして、ダミアンを婚約者にと望んだのは、エメラインだった。それを忘れて、今さら他の男性に惹かれるなどあってはならないことだ。

 それでも、エメラインはバートのことを考えると胸が高鳴った。彼のそばにいたいと思ってしまう。


「駄目よ……絶対に許されないわ」


 エメラインはぎゅっと目を閉じ、大きく頭を振る。

 バートには幸せになってほしいと願う気持ちも本当なのだ。自分が身勝手な行動を取って、バートを苦しめたくはない。


「そうよ……きっとこれは、兄のような存在に対する幼稚な独占欲に過ぎないわ。私は今まで家族というものに恵まれなかったから、バートのことを本当の兄のようだと勘違いしているだけなんだわ」


 エメラインは何度も何度も繰り返し、自分の心に言い聞かせる。だが、それはただ自分を納得させるための言葉に過ぎなかった。

 自分の心の奥底にある感情を、本当は理解している。

 そしてそれが、叶わない願いだということも。

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