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39.罪人の末路

 それから数日後。

 ボーナム伯爵とその長男がギャレット邸を訪れた。

 二人はダミアンやキャメロンとは似ておらず、むしろバートと雰囲気が似ているようだ。

 儀式にてダミアンとの血縁関係が確認されたバートだが、エメラインにはしっくりこないものがあった。だが、この二人とならば、血縁関係があると言われても納得できる。


「この度は大変なご迷惑をおかけしました」


「申し訳ありませんでした」


 二人は揃って謝罪を口にすると、その場に膝をついて頭を下げる。


「どうか、お立ちくださいませ」


 エメラインが慌てて声をかけるが、二人はそのままの姿勢で話を続けた。


「今回の件は、すべて私どもの不徳の致すところでございます。知らなかったとはいえ……いえ、知らなかったからこそ、責任を取らなくてはなりません。そこで、爵位を本来の継承者であるウィルバートに返還したいと存じます」


「ま、待ってください。俺はそんなものいりません」


 慌てたのはバートだ。彼は自分が伯爵位を継ぐことなど考えていなかったのだろう。


「俺はエメラインさまと結婚できれば、それでいいんです。伯爵になんてなったら、ずっとエメラインさまと一緒にいることが難しくなるじゃないですか!」


 バートが必死に訴えかけると、ボーナム伯爵たちは困ったような顔をした。


「しかし、それは……これまで正当な扱いを受けられなかったきみが、ようやく手にできる権利だ。きみはこれから幸せになるべきだ」


「俺の幸せは、エメラインさまと共にあることだけです。俺のためと言うのなら、爵位は今のまま維持していただければと思います」


 バートが食い下がると、ボーナム伯爵は深くため息をつく。


「だが、それでは……」


「バートにとっては、伯爵家の血を引いているという肩書きがあれば十分なのだ。むしろ伯爵位など邪魔でしかない。だから、このままでよいのだ」


 言いかけたボーナム伯爵の言葉にかぶせるように、それまで黙っていたザッカリーが口を開いた。


「辺境伯殿……」


「ボーナム伯爵家の血を引くバートが、次期ギャレット辺境伯となるエメラインの婿となる。これで何の問題もないだろう。違うかね?」


「確かに……そうかもしれませんが……」


「それとも、何か他に問題があるのかな?」


 ザッカリーに詰め寄られ、ボーナム伯爵はうっと言葉に詰まる。


「いえ、そういうわけではありません……」


「ならば、何も問題はないな」


「はい。仰せのとおりでございます」


 ボーナム伯爵は苦々しい表情ながらも、そう答えざるを得なかったようだ。


「して、罪人どもはどうなったのだ?」


 話を切り替えるかのようにザッカリーは尋ねる。


「はい……妻はソリタリー修道院へ送られることとなりました。そこで生涯を神に捧げることとなるでしょう」


「ほう、あの孤島の修道院か。あそこは厳しい戒律で知られるところだ。さぞかし心が洗われるであろうな」


 満足そうなザッカリーを眺めながら、エメラインはソリタリー修道院について思い出す。

 確か、島全体が一つの大きな修道院になっていて、そこには厳格な戒律が守られていたはずだ。

 そして、そこに送られた者は二度と俗世に戻ることはないと言われている。つまり、過酷な場に生涯幽閉されるということだ。


「ダミアンは……?」


「あれは身分を剥奪され、鉱山送りとなりました。おそらく死ぬまで強制労働させられることになるかと存じます」


 おそるおそるエメラインが問いかけると、ボーナム伯爵は沈痛な面持ちで答える。


「そう……ですか……」


 エメラインは小さく呟くと、視線を落とした。

 プライドの高いダミアンが身分を剥奪され、過酷な労働を強いられるというのは、どれほど屈辱的なことだろう。

 幼い頃からダミアンはエメラインに酷いことをしてきた。彼に対する恨みはまだ消えていない。けれど、それでもわずかな憐憫の情を覚えずにはいられなかった。


「……あれは第四王子の権力を利用し、エメライン嬢とウィルバートの婚約破棄を画策していたようです。その過程でたまたまウィルバートの出生について知り、あのような愚かなことを……」


 ため息をつきつつ、伯爵は言葉を紡ぐ。

 おそらくダミアンは第四王子の失態も肩代わりさせられたのだ。

 いくら権力を利用したと言っても、それをさせてしまった第四王子にも責任がある。だが、そんな事情を公にするわけにはいかない。

 だから、ダミアンの罪を重くすることで、すべてを押し付けたのだろう。


「そしてキャメロンと第四王子の婚約は破棄されました。キャメロンは王都から追放され、実家の領地で謹慎するように命じられております」


「……そう」


 エメラインは小さな声で相槌を打つ。

 一見、大したことがない罰のようだが、王族から婚約を破棄された令嬢がこの先良縁など望めるはずもない。

 貴族社会から追放されるに等しい処遇と言えるだろう。


「この度のことは本当に申し訳なく思っております。すべては私どもの不徳の致すところでございます。誠に申し訳ございませんでした」


 伯爵はもう一度頭を下げる。

 彼は切り捨てるものを全て切り捨て、ボーナム伯爵家を守ろうとしているのだ。その決意を無下にすることはしたくない。

 だが、一番の被害者はバートだ。本当の両親を失い、身分も奪われた。

 エメラインはバートの様子をうかがったが、彼はいつもどおりの穏やかな顔つきをしていた。


「もう終わったことです。俺は気にしておりません。エメラインさまとの結婚が叶ったのですから、それだけで十分です」


 バートの言葉を聞いた伯爵は、感極まったように目元を押さえた。


「ありがとう……感謝するよ。それに……まるで兄さんみたいだよ、ウィルバート」


「えっ?」


 突然、思いもよらない言葉をかけられたバートは戸惑っているようだった。


「きみの真っ直ぐな気性は、兄さんそっくりだ。こんな状況だというのに、きみを見ているとなんだか懐かしくて涙が出そうになるんだ」


「そう……ですか? あまりよくわかりませんが……」


 バートは困ったような顔をしている。


「ああ、本当だ。きみと話をしていると、兄さんの若い頃を思い出すよ」


 ボーナム伯爵はそう言うと、目を拭いながら立ち上がった。


「では、我々はこれで失礼いたします」


 ボーナム伯爵たちは改めて深々と頭を下げ、ギャレット邸を後にした。

 その背中を見送りながら、エメラインはぼんやりと考える。


 ダミアンには散々嫌な思いをさせられたが、ある意味では彼がエメラインとバートを陥れようとしたからこそ、何の憂いもなくバートと結ばれることができたとも言える。

 彼が何もしなければ、バートとは結ばれただろうが、身分違いの結婚ということで悩み苦しんだかもしれない。

 結局のところ、ダミアンはエメラインを苦しめることしかできなかったが、その一方で彼女を救うことにもなっていたのだ。


「……皮肉なものね」


 エメラインは複雑な思いを抱えながら、いつまでも彼らの後ろ姿を見つめていたのだった。

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