表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/43

37.ボーナム伯爵家

「は……?」


 思いがけない言葉に、ダミアンがぽかんとした顔になる。

 エメラインも唖然として、ザッカリーを見つめた。これまでエメラインとバートの仲を応援してくれた祖父が、まさかこんなことを言うなんて信じられなかった。


「おじいさま、何を言って……」


 エメラインが問いかけようとすると、ザッカリーは穏やかな笑みを浮かべる。


「そこのバートの本当の名は、ウィルバート・ボーナム。先代ボーナム伯爵の長男オーガストの一人息子だ。つまり、ダミアンの従兄弟にあたる」


「えっ……」


 呆然としながら、エメラインはバートと顔を見合わせた。

 バートの顔には困惑した表情が浮かんでいる。それはエメラインも同じ気持ちだった。

 兄妹という話から一転して、バートがボーナム伯爵家の血を引いているというのだ。理解が追いつかない。


「嘘だ! そんな下賤な犬が、高貴な僕の従兄弟だというのか? ふざけるな! そんなはずはない! ありえない! きっと誰かの陰謀だ!」


 ダミアンは激しく首を振りながら叫んだ。


「陰謀、か。確かにそうかもしれんな」


 苦々しい表情で、ザッカリーは吐き捨てるように言った。その視線の先には、ダミアンの母であるボーナム伯爵夫人がいる。

 ボーナム伯爵夫人は、怯えたような顔で震えていた。


「そんな馬鹿な……あのとき、確かに魔物に襲われて死んだと……どうして……あり得ないわ……だって、あれは……」


 ぶつぶつと呟く姿は尋常ではない。その様子は、まるで亡霊に取り憑かれたかのようだ。


「母上……?」


 ダミアンですら、母親の様子を怪しんだ。


「そうよ! ウィルバートであるはずがないわ! だって、あの子はまだ幼くて、生き残れるはずがないもの! これこそ私を貶めるための陰謀です! 騙されてはいけません!」


 突然、ボーナム伯爵夫人がヒステリックな声で叫ぶ。

 その勢いに押されて、居並ぶ貴族達が思わず後ずさった。

 しかし、ザッカリーは落ち着いた態度を崩さない。


「ならば、血縁を確かめてみればよかろう。バートが本当にボーナム伯爵家の血を引く者なのか、それともダミアンの言うとおりただの平民なのか、な」


「……いいでしょう。そこの犬が、僕の従兄弟ではないことを証明して差し上げます」


 ダミアンが冷静さを装って答える。しかし、その声は微かに震えていた。


「よろしいですね、第四王子殿下」


 ザッカリーが念を押すと、それまで呆然と成り行きを見守っていた第四王子は、はっと我に返ったようだ。


「……ああ、構わん。神殿長」


 自棄になったような態度で第四王子が言うと、神官達は儀式の準備を始めた。

 ダミアンの前にナイフと小皿が用意され、彼はやや怯みながらもそこに血を垂らす。

 それを神殿長が受け取ると、新しい盃にバートの血と一緒に注ぎ入れた。


「では、始めます」


 神殿長の厳かな宣言とともに、儀式が始まる。

 バートは緊張した面持ちだったが、特に恐れている風ではなかった。それとは対照的にダミアンは顔を強張らせ、手が細かく震えている。

 二人の血が混ざり合った杯に向けて、祈りが捧げられた。

 すると、ぼんやりと光が浮かぶ。エメラインと父のときほど鮮烈ではないが、それでもはっきりと確認できる。


「血縁関係があることが確認されました。親子兄弟ほど近くはなく、従兄弟程度というのが妥当なところでしょうか」


 神殿長の言葉に、ダミアンは今度こそ絶望的な顔つきになった。


「う……嘘だ……嘘だ……嘘だ……!」


 壊れたように同じ言葉を繰り返すダミアンに、ザッカリーは冷たく言い放つ。


「これでわかっただろう。バートはボーナム伯爵家の血を引いているのだ。さらに言えば、本来の爵位継承者でもある。下賤な犬どころか、そなたよりも上の立場にある人間なのだぞ」


「嘘だ……嘘だ……!」


 ダミアンは力なく首を振っていたが、やがてふらりと立ち上がった。そして、バートに向かってゆっくりと歩いていく。


「違う……僕は……間違っていない……お前なんか……僕の従兄弟じゃない!」


 ぶつぶつと言いながら近づいてくるダミアンに、バートは身構えた。


「バート!」


 エメラインは思わず叫んだ。バートに危ない目にあって欲しくはなかった。しかし、ダミアンの様子は明らかに普通ではなく、とても説得できそうにもない。

 それならば、せめてバートを守ろうと思った。エメラインは咄嵯に前に出ると、バートを庇おうと両手を広げる。


「どけ! エメライン! そこをどかないなら、貴様も一緒に殺すまでだ!」


 ダミアンが狂ったような形相で、隠し持っていた短剣を抜いた。エメラインはその切っ先を見て息をのむ。

 だが、エメラインが何かするよりも先に、バートが動いた。

 ダミアンの腕を掴み、捻じり上げる。ダミアンの手から短剣が落ちた。


「ぐあっ……」


 痛みに耐えかねて、ダミアンが悲鳴を上げる。


「バート!」


「大丈夫です」


 駆け寄ろうとするエメラインを、バートは片手で制した。


「お騒がせいたしました」


 バートは淡々と謝罪を口にする。その顔は平静そのものだ。


「あれは……確かに、優れた騎士と評判だったオーガスト殿の面影があるな」


「ええ、それにしても、見事な動きでしたね」


「まさか、ボーナム伯爵家のご子息だったとは……」


 ざわめく貴族達の前で、ダミアンは床に転がされていた。


「く……こんなはずじゃ……どうして……」


 まだ状況が信じられないという顔で、ダミアンは呟いている。

 キャメロンはすでに状況を理解することを放棄したのか、心ここにあらずといった顔で固まっていた。


「さて、それでは話を戻そうか。そもそも、そなたが婚約破棄などしなければ、そして権力に物を言わせて無様にあがかなければ、このようなことにはならなかったのだ」


 ザッカリーがダミアンを見下ろしながら言った。


「しかし……」


 なおも言い募ろうとしたダミアンに、ザッカリーはさらに冷ややかな視線を向ける。


「これ以上、私の可愛い孫娘を侮辱するつもりならば、この場で叩き斬るぞ」


 その凄まじい気迫に押されて、ダミアンは口をつぐんだ。

 ザッカリーは唖然としたままの第四王子に向けて、意味ありげな視線を送る。


「さて、それでは、この件について第四王子殿下の裁定を仰ぎたいと存じます」


「あ、ああ……」


 第四王子は、急展開についていけずに呆けたような返事をした。

 だが、ザッカリーの視線に気づくと、何かを考え込こむように顎に手を当てる。ややあって、彼はずるそうな笑みを浮かべた。


「そうだな……まずは兄妹ではないというのなら、二人の結婚に何の問題もあるまい。しかもボーナム伯爵家の血を引いているというのなら、本来あるべき姿だったギャレット辺境伯家とボーナム伯爵家の結びつきを、改めて確認できたとも言える。私としては、むしろ喜ばしいくらいだ」


 第四王子の言葉に、貴族たちが同意を示すように拍手を始める。


「なるほど。さすがは第四王子殿下でございますな」


「これはめでたきこと」


 口々に褒め称える声を聞きながら、第四王子は満足気に微笑む。

 急に手のひらを返した貴族たちを、エメラインは冷ややかな目で見つめる。しかし、自分の利になることなのだ。やりきれない気持ちはぐっとこらえて、ただ黙っていた。

 すると、ザッカリーがエメラインの肩を軽く叩く。


「エメライン……色々と思うところはあるだろうが、これで堂々とバートと結婚することができるのだ。そなたはそれを喜べばよい。貴族たちの茶番は第四王子に任せておけ」


 小声で囁かれた言葉に、エメラインは苦笑を浮かべる。

 第四王子はこのような場を設けて恥をかいたはずだ。ならば、挽回の機会を逃さないだろう。それをザッカリーは利用して、自分たちに有利なように事態を動かしているのだ。

 それを知ってか知らずか、第四王子は機嫌良く言葉を続ける。


「そして、私を貶めようとしたダミアン、キャメロンの両名には、それ相応の責任を取ってもらうことになるだろう。だが、それよりも」


 第四王子はそこで言葉を切ると、ボーナム伯爵夫人に鋭い眼差しを向けた。


「そちらの夫人は、どうやら何かを隠しているようだな。それも、かなり重大なことを。もし、それが我が王国にとって不利益をもたらすようなものであれば、捨て置けん。正直に話してもらおうか」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆新連載◆
私の夫は妻を殺す悪役公爵──その未来、絶対に阻止します!

◆コミカライズ◆
『無能と蔑まれた令嬢は婚約破棄され、辺境の聖女と呼ばれる~傲慢な婚約者を捨て、護衛騎士と幸せになります~』
1巻
2巻
無能令嬢は辺境の聖女と呼ばれる1   無能令嬢は辺境の聖女と呼ばれる2

◆電子書籍◆
『無能と蔑まれた令嬢は婚約破棄され、辺境の聖女と呼ばれる~傲慢な婚約者を捨て、護衛騎士と幸せになります~』
1巻
2巻
無能令嬢は辺境の聖女と呼ばれる1   無能令嬢は辺境の聖女と呼ばれる2
script?guid=on
― 新着の感想 ―
[気になる点] >「そして、私を貶めようとしたダミアン、キャメロンの両名には、それ相応の責任を取ってもらうことになるだろう。 第四王子、自分で調査したって報告されてなかった?
[一言] 美人な婚約者の言葉を鵜呑みにして、エメラインたちを思いっきり批判したあとだからなぁ。 王子様ってば非難の先から逃れるために、必死になって疑惑の婦人を吊るし上げるに違いない!(笑) にしても…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ