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32.三つの方法

 呆然としながらエメラインは自室に戻り、ベッドに倒れ込む。

 ショックで何も考えられないまま、どれくらい時間が経っただろうか。ふと気づくと窓の外はすっかり暗くなっていた。

 夕食の時間を逃したなと思うものの、食堂に行く気にはとてもなれない。


「はぁ……」


 エメラインは深くため息をつく。

 腹違いの兄という話に対する衝撃、そして夫人の言葉が頭をぐるぐると巡る。

 エメラインもバートも、互いを兄妹として慕っていただけだというのだろうか。


 バートは自分よりずっと大人びているし、何よりも優しい。

 エメラインが困っていたり苦しんでいたりすると、必ず助けてくれる。いつも笑顔を絶やすことなく、エメラインのわがままにも付き合ってくれる。

 その優しさに惹かれるのは当然のことだろう。だが、この想いは兄だからという理由で片付けられてしまうものなのだろうか。


 そのとき、部屋の扉がノックされた。

 誰だろうと思いながら、エメラインは返事をする。


「はい?」


「俺です。入ってもよろしいでしょうか?」


「バート!?」


 予想外の人物の登場に、エメラインは驚いて飛び起きる。


「ど、どうしてここに……?」


「心配になったので来ました。大丈夫ですか?」


「えっと……」


 エメラインは口ごもり、俯く。

 今一番会いたくない人なのに、いざ会えると嬉しいと思ってしまう。


「……すみません、いきなり押しかけて。迷惑でしたよね」


「そ、そんなことないわ! 私こそ……こんな姿で恥ずかしいわ……」


 慌てて髪を整え、服の乱れを整える。


「今開けるわね」


 エメラインはドアを開ける。そこには、予想どおりバートが立っていた。


「その……話は聞きました。まさか俺とエメラインさまが兄妹だなんて……信じられません。だけど……」


 バートは言い淀み、視線を彷徨わせる。

 エメラインは胸が締めつけられるような心地がして、ぎゅっと拳を握った。


「俺は……エメラインさまのことは、ずっと守るべき大切な存在と認識してきました。いわば、妹のように思っていたとも言えるでしょう。でも……」


 そこでいったん言葉を区切り、バートはまっすぐにエメラインを見つめた。


「いざ兄妹だと言われて、エメラインさまのことを妹としてなんて見ていなかったことに気づいたんです。あなたに触れたい、抱きしめたい、そして……キスしたいと、そう思っていました」


「……!」


 エメラインは目を見開く。

 バートは照れくさそうに微笑んだ。


「ですが、今までの関係を壊すようでなかなか踏み出せずにいるうちに、今回の話になってしまいまして……。情けないですね、俺は」


「バート……」


 エメラインの目に涙が滲む。

 バートの気持ちが嬉しくて、心の底から愛おしかった。


「バート、私は……!」


 エメラインが何かを言いかけた時、バートの腕が伸びた。

 そのまま強く抱き寄せられ、バートの胸に顔を埋める形になる。


「エメラインさま、あなたが好きです」


 耳元で囁かれた言葉に、エメラインは息をのむ。


「エメラインさまが他の男と結ばれるなんて嫌です。たとえ血を分けた兄妹であったとしても、譲ることなんかできません。俺は……あなたが欲しい」


「バート……っ」


 感極まったエメラインの目からぽろりと一粒、大粒の涙がこぼれ落ちる。


「……たとえ結ばれることがなくとも、エメラインさまの幸せこそが俺の望みだなんて言っておいて、結局は諦めきれなかったんです。自分の身勝手さに呆れています」


 バートの声はかすかに震えていた。

 エメラインは、その背に腕を回す。


「いいえ、そんなことはないわ。私も同じよ。あなたのことを想うだけで幸せなの。それさえ叶わないなら、いっそこのまま死んでしまいたいとすら思うほどに」


「エメラインさま……」


 二人は互いの瞳を見つめ合う。

 どちらからともなく二人の距離が縮まっていき、唇が重なりそうになったとき、咳払いが聞こえてきた。


「あー……、盛り上がっているところ悪いのだが……」


 はっとして振り返ると、ザッカリーが気まずそうな表情で、こちらを見ている。

 エメラインとバートは、ぱっと離れると顔を真っ赤にした。


「あ、あの……これは……」


「えっと、すみません……」


 エメラインとバートは、互いに俯いて黙り込んでしまった。

 やれやれと首を振ったあと、ザッカリーは二人に向かって言った。


「まあ、そなたたちの気持ちはよくわかった。わしも孫娘の幸せを願っているからな。できれば、どうにかしてやりたい。だが、このままではどうにもならぬ」


「それは……そうですよね……」


 エメラインは肩を落とす。

 状況的に兄妹である可能性が高い以上、そのように扱われてしまうのだ。決定的な証拠がないとはいっても、騒がれて否定できずにいれば、既成事実となってしまう。

 特に貴族社会において、風評被害は致命的な問題だ。


「しかし、どうにも腑に落ちないのだ。そなたたちが兄妹だとは、到底思えぬ。そこで状況を整理しようと思い、バートの姉であるアルマにも来てもらった」


 ザッカリーの後ろにはアルマが控えていた。彼女はちらりとエメラインを見ると、静かに口を開く。


「……実のところ、旦那さまがバートの父親ではないかとは、私も考えたことがありました。しかし、あまりにも似ていないために、すぐに違うと結論づけたのです」


「ほう、どうしてそう思った?」


「私は母親似です。亜麻色の髪と茶色の瞳も同じです。しかし、バートと私は髪と瞳の色はともかくとして、顔立ちが全然似ていません。きっと、バートは父親似だと思うのです。ですが、旦那さまとバートはまったく似ていません」


「ふむ……」


 語るアルマと頷くザッカリーを眺めながら、エメラインもかつて聞いたアルマの話について思いを馳せる。

 アルマの母はクレスウェル子爵邸でメイドをしていたが、結婚したために一度辞めたらしい。だが、夫を亡くしたために再びメイドとして雇ってもらったという。

 そのとき、アルマは祖父母に預けられていたが、あるとき母が赤子のバートを連れて帰ってきた。父親について語られることはなかったようだ。

 その後は流行り病で祖父母も母も亡くなり、二人は孤児院に預けられたそうだ。やがて、二人はエメラインの母に引き取られて、エメライン付きとなった。


 この話からも、やはりバートの父親として最も可能性が高いのは、エメラインの父クレスウェル子爵だろう。

 エメラインの母がアルマとバートを引き取ったということは、母は何かを知っていたのかもしれない。

 しかし、アルマとバートの母や祖父母、エメラインの母と、真相を知っていそうな人物は全て、もはやこの世にはいないのだ。


「もっとも、母は私が幼い頃に亡くなったため、バートの父親についても何も聞いてはおりません。むしろ、ボーナム伯爵家のご長男に一度だけお目にかかったことがありますが、そちらの方がバートに似ていると思ったくらいです」


「ボーナム伯爵家の長男とな?」


 ザッカリーは眉根を寄せ、顎に手を当てた。

 ボーナム伯爵家の長男といえば、ダミアンの兄だ。


「はい、とはいっても髪と瞳の色が同じで、長身だった記憶があるという程度なのですが……」


 自信なさげに答えるアルマの言葉を聞いて、エメラインもボーナム伯爵家の長男を思い浮かべる。

 エメラインも数えるほどしか会ったことはなく、挨拶をした程度だ。だが、言われてみればバートと何となく似ていたかもしれない。

 そして、ボーナム伯爵夫人は自分に似た美貌の持ち主であるダミアンとキャメロンのことを可愛がり、父親似である長男のことは義務的に接しているとの噂があったことを思い出す。


「申し訳ございません。関係のない思いつきを、つらつらと並べてしまいました……」


 アルマは恐縮したように頭を下げる。


「いや、なかなか興味深い話だ。わしが考えていたことに対する答えを与えられたようでもあった。礼を言うぞ、アルマ」


 ザッカリーが鷹揚な態度で言うと、アルマはほっとした様子を見せた。


「さて、話を戻すが……これからエメラインには三つの方法がある」


「三つ……ですか?」


「ああ、一つは結婚を諦めることだ。最も波風が立たない道と言えるだろう」


「……!」


 エメラインは息をのむ。

 確かに一番簡単な方法ではあるが、それをバートの前で言われるのはかなりつらいものがあった。


「二つ目は、お飾りの夫を用意して、バートを愛人として囲うことだ。ギャレット辺境伯家の血を引くのはエメラインなので、子の血筋の問題もない。ただし、バートは日陰の身となり、苦労することになるかもしれん」


「そんな……!」


 エメラインは絶句する。

 そんな未来を考えるだけで、目の前が真っ暗になった。


「三つめは、賭けになるが……そなたたちが血縁関係にないことを証明し、その上で堂々とバートと結婚することだ。これはかなり困難を伴うと思うが……」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] また、ダミアンの実家が絡んで来ましたね。 王家に縁付いた姉妹を使って、兄妹設定を捏造するようにエメラインの実家に圧力でもかけたんだろうか? [一言] 職権乱用状態で、権力使って嫌がる…
[一言] 【要望劇場】 その頃王都では、 「マナーのなってない者は、当主、当主夫人、当主夫君になる権利を持たせない」 という法案を国王が遠そうとしていた。 それを聞き、先触れ無しにエメラインに求婚し…
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