31.腹違いの兄
「え……兄……?」
信じがたい言葉を聞き、エメラインは唖然とする。
「嘘……だって、全然似ていないじゃない!」
感情を抑えきれず、エメラインは叫ぶ。
バートは茶色の髪に茶色の瞳だが、父の髪は今はまばらになったとはいえ金色で、瞳の色は青だ。顔立ちも全く違う。
すると、父が苦々しい表情になった。
「……バートは母親に似たのだろう。その……実は、バートの母親のこともよく覚えておらず……バートが私の子らしいと知ったのもつい最近で……」
「そんな……」
エメラインは衝撃を受ける。
バートと血を分けているなんて考えたこともなかった。今、考えてみたところで、到底納得できない。
ただ、以前アルマから聞いた話が頭をよぎる。
アルマは早くに父を亡くし、母がクレスウェル子爵邸でメイドをしていたこと。そしてアルマとバートは父親が違い、バートの父は貴族だったかもしれないこと。
それらの話が、今の父の話と繋がっていく。
「ええと、その……お前の母を妻として迎える前に、練習としてメイドに手を付けたことがあって……おそらく、そのときだろう。メイドは自分から去っていったために、その後は何も知らず……」
「お父さま、最低!」
思わず、エメラインは叫んでいた。
バートが腹違いの兄である云々を抜きにしても、父の行為は許せなかった。貴族男性としてはよくあることと言えるだろうが、エメラインにとっては汚らわしいとしか思えない。
「本当に申し訳なく思っている。だが、当時の私は若くて……それに、メイドのことなどすぐに忘れたのだ」
「ひどい!」
「まあまあ、エメラインさん」
激昂したエメラインを、夫人が宥める。
「旦那さまは、こうして隠しておきたい過去をさらけ出して、あなたに伝えに来たのです。このままでは、兄妹で結婚しようとしたとして、あなたが非難されるでしょう。それだけは避けたかったんですよ」
「それは……そうかもしれませんけれど……」
少し勢いを削がれ、エメラインは複雑な気持ちになる。
確かに、こんなことを暴露されてしまえば、エメラインが責められるのは間違いないだろう。
しかし、だからといってバートとの結婚を諦めるなど考えられない。そもそも、兄妹と言われたところで、実感などわかない。
だが、父の様子は真剣そのもので、とても冗談には見えなかった。
「エメライン、わかってくれ。私のことはどう思ってもいい。だが、バートはダメなのだ」
「でも……」
エメラインは俯き、拳を握る。バートと結婚できなくなることを想像し、胸が痛んだ。
「――エメライン」
その時、ノックの音が響いた。
ギャレット辺境伯ザッカリーの声だ。
ザッカリーは部屋に入ってくるなり、エメラインの父を見て顔をしかめた。
「これはどういうことだ?」
ザッカリーは鋭い視線を父に向ける。
父は慌てた様子を見せた。
「義父上……! いや、これには事情がありまして……」
「……今さらそなたに義父と呼ばれる筋合いはないが……まあいい。話してみろ」
「はい。実は……」
父はザッカリーに事の次第を話していく。
そして、すべてを聞き終えたザッカリーはため息をついた。
「まさか、兄妹とは……身分違いだけならば黙殺できたが、さすがにそれは無視できん。だが、今頃になって何故その話が出てきた?」
ザッカリーの言葉に、エメラインもはっとする。
エメラインが実家にいた頃は、そのような素振りはかけらもなかった。先ほど父も、バートが己の子かもしれないと知ったのは最近だと言っていたはずだ。
「それが……つい先日、私のところに第四王子からの使いがやって参りまして、昔のことを調査しているようで……それで、バートが私の息子かもしれないと……」
「なるほど。そうやって、エメラインの結婚に横槍を入れてきたというわけか。随分と徹底しているな」
大きく息を吐きながら、ザッカリーは難しい顔で腕を組んだ。
どうやら、すべては第四王子が仕組んだことらしい。
つまりは、その婚約者であるキャメロンの仕業だろう。あるいは、ダミアンかもしれない。
「その、第四王子によるでっち上げという可能性はありませんか? お父さまとバートだけではなく、私とバートだって似ても似つかないですもの」
エメラインがおずおずと尋ねると、父は首を横に振った。
「確かに似ていないが……状況的に、そうとしか思えんのだ。私が手を出したメイドがバートの母親であり、生まれた時期も一致している。私の子だと考えるのが自然だろう」
「そんな……」
エメラインは愕然とする。
まさか、本当に自分とバートは腹違いの兄妹だというのか。あまりにも信じがたいことで、エメラインは俯いて震える。
「エメラインさん、気を落とすのはまだ早いですよ。むしろ、これで良かったではないですか」
「えっ……?」
夫人の言葉に、エメラインは顔を上げる。
「いい機会ですよ。バートさんと別れなさい。あなたたちは、最初から結ばれない運命だったんです」
「そんな……!」
あまりにも冷酷な物言いに、エメラインは目を見開く。
「でも、私はバートのことを愛していて……バートも私のことを好きだと言ってくれていて……」
「ええ、そうなのでしょうね。ただ、あなたはバートさんを兄として慕っているだけで、バートさんだってあなたを妹として好きなだけです。男と女として好きかどうかとは別ですよ」
穏やかにそう言って、夫人は微笑む。
「あなたとバートさんは、血が繋がっているのです。兄妹で結婚できるはずがないでしょう。それに、あなたの相手は他にもいるじゃないですか。その方と結婚して、バートさんとは兄妹として、仲良く暮らしていけば良いのです」
「……」
エメラインは何も言えず、唇を噛んで俯いた。
夫人の言っていることは間違いではない。むしろ、正論と言えるだろう。
しかし、そう簡単に心が割り切れるはずもない。
「まあ待て。それを決めるのはエメライン自身だろう。勝手に決めるものではない」
「おじいさま……」
エメラインは祖父の言葉に目を潤ませる。祖父は優しく頭を撫でてくれた。
「エメライン、わしはそなたが幸せになれるよう願っている。ただ、今は混乱しているだろう。少し落ち着いてから考えればいい」
「はい……」
エメラインが頷くと、ザッカリーは立ち上がった。
「とりあえず、この辺で終わりにしよう。また改めて話を聞かせてもらうぞ」
ザッカリーは父と夫人を伴って部屋を出ていく。
一人取り残されたエメラインは、しばらく動くことができなかった。









