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30.求婚者たち

 結婚式の準備は着々と進んでいるのに、許可だけが出ない。

 最初は王都との距離もあることだし、国王も忙しいのだろうからと気長に構えていたが、次第に不安になり始める。


「まさか……バートの身分が低いことが問題なのかしら」


 エメラインは眉根を寄せながら呟く。

 通常、貴族は貴族同士で結婚するものだ。エメラインの父は元平民の娘を後妻にしたが、それも貴族の養女になって身分を整えてからだった。

 すると、その考えを裏付けるような出来事が起こり始めた。


「エメライン嬢、どうか私と結婚してください!」


「いえ、私こそふさわしい! 私は子爵家の次男であり、家督を継ぐ立場にないので、どうぞ安心してください!」


「いいや、私がエメライン嬢にふさわしいのだ! どうか私を次期辺境伯に……!」


 エメラインのもとに、求婚者が殺到するようになったのだ。

 しかも彼らはいずれも貴族家の次男や三男といった、跡継ぎではない者たちばかりだった。


「どういうこと? どうしてこんなことになったの?」


 エメラインは困惑した。

 確かに、エメラインはギャレット辺境伯家の跡取り娘だ。しかも、求婚者の口ぶりからすると、どうやらエメラインと結婚すれば自分が辺境伯になれると思っているらしい。


「私と結婚したからといって、あなたが辺境伯になれるわけじゃないのよ!?」


 エメラインは憤慨しながら叫んだ。

 だが、当人たちには聞こえていないのか、自分の言い分をひたすらまくし立てるだけだ。


「とにかく、あなたたちはお引き取りください!」


「いや、しかし……」


「エメライン嬢、どうか私の話を――」


 エメラインは追い払うように手を振るが、男たちは食い下がろうとする。

 うんざりしながら、エメラインはため息をついた。

 この調子だといつまで経っても話が進まない。


「いい加減にしなさい!」


 魔力を纏わせながらエメラインが一喝すると、周辺の空気が震えた。

 その凄まじい威圧感に、求婚者たちは思わず黙り込む。


「私はあなたたちの誰とも結婚するつもりはありません。これ以上つきまとうなら、ギャレット辺境伯家の名にかけて容赦しないわよ」


 エメラインの眼光に射貫かれ、求婚者らはすごすごと退散していく。

 ようやく静けさが戻ったところで、エメラインはため息をついた。


「いったい何なのよ、もう……。結婚なんて、バート以外とは絶対嫌なのに」


 エメラインはそっと胸を押さえる。

 心の中には、すでにバートの姿しかない。彼の優しい微笑みが浮かぶと、それだけで幸せな気持ちになる。

 エメラインはバートが好きなのだ。だから、他の男と結婚するつもりなど毛頭ない。


「どうやらボーナム伯爵令息が、辺境伯の夫が卑しい平民などいかがなものかと、他の貴族たちを焚きつけたようだな。まったく、愚かなことをしたものだ。やはりあのとき、魔物の餌にしておくべきだった」


 背後からの声に、エメラインは振り返る。そこには、ギャレット辺境伯ザッカリーが苦々しい顔をしていた。


「おじいさま……」


「エメライン、お前はバートのことを愛してはいないのか?」


 ザッカリーは厳しい表情で問う。


「もちろん愛しています。バート以外の男性と添うつもりはありません!」


 エメラインはきっぱりと宣言する。

 すると、ザッカリーは満足げに頷いた。


「ならば、どっしりと構えておれ。数代前の辺境伯にも、平民から嫁いだ女性がいる。前例はあるのだ。そう心配することもあるまい」


「そうでしょうか……」


「ああ、そうだとも。いざとなれば、わしが国王陛下に直談判に行ってくる。だから何も案ずることはない。バートとともに幸せになれ。よいな?」


 そう言ってザッカリーは、孫娘の肩を軽く叩いた。

 その言葉に、エメラインの心が軽くなる。


「はい、ありがとうございます」


 エメラインは笑顔を浮かべて礼を述べた。

 そうしてザッカリーからの言葉もあり、ひとまず落ち着きを取り戻したエメラインだったが、事態はさらに悪化する。


「エメライン嬢! どうか私と結婚していただきたい!」


「いえ、私こそが相応しいのです!」


「エメライン嬢、どうか私と結婚してください!」


 翌日も、再び求婚者たちが殺到し始めたのだ。

 エメラインは困り果ててしまう。


「あのね……何度も言うけれど、私はバートと結婚するの。あなたたちとは結婚できないわ」


「そんなことはわかっています! ですが、彼は貴族ではない! 身分が低いのですよ!」


「それは――」


 エメラインは一瞬言葉を詰まらせた。

 バートの身分が低いのは事実だ。だが、それを今ここで指摘するのは躊躇われた。


「バートは騎士としてとても優秀よ。魔物が活性化したときだって、しっかりと役目を全うしたわ。これからもバートはきっと立派に務めを果たすでしょう」


「そういう問題ではありません!」


「身分が低い者を夫にするというのは、あまりにも不名誉なのです! あなたが恥をかく前に、私と結婚してください!」


「……っ!」


 エメラインは思わず拳を握る。

 身分の低い者を夫にすることは、確かに貴族としては世間体がよくないことかもしれない。だが、その程度でエメラインがバートとの結婚を諦めるなど、あり得なかった。

 それも、魔物が活性化していたときは何もせず、沈静化してからのこのこやってきた連中に好き勝手言われるなど、我慢ならない。


「バートは立派な人よ。私をずっと守ってくれたわ。私には彼しかいないの!」


 エメラインは毅然とした態度で言い放つ。

 求婚者たちは怯んだ様子を見せた。


「そろそろ諦めたらどうだ? エメラインはすでにバートと婚約しているのだぞ。どうしてもというのなら、わしを倒してみせろ」


 ザッカリーが助け船を出してくれる。

 その言葉で、求婚者たちもさすがに引き下がった。辺境を魔物たちから守り続けてきた猛者であるザッカリー・ギャレットを相手に、勝てると思うほど無謀ではなかったらしい。

 求婚者たちが去ったあと、ザッカリーは孫娘を見つめた。


「どうやら、第四王子が動いているらしい。まさか、わざわざ王族が動くとはな……」


 ザッカリーは渋面を作る。

 その言葉に、エメラインも眉根を寄せた。


「第四王子……確か、ボーナム伯爵家のキャメロン嬢の婚約者でしたわ。彼女も私のことを目の敵にしていて……」


 エメラインはため息をつく。

 ダミアンの妹であるキャメロンは、第四王子の婚約者だった。そのことを散々自慢されたものだ。


「なるほど。兄の婚約破棄に怒り、王族である婚約者に泣きついたのか、あるいは唆されたのか――どちらにせよ、エメラインの結婚を妨害すれば自分の利益になるとでも思っているのだろう」


 ザッカリーの言葉に、エメラインは唇を引き結ぶ。


「私は負けませんわ。どんなことがあっても、バートと一緒になります」


「その意気だ」


 ザッカリーは大きく頷く。


「あと一回だけ催促の手紙を送ってみよう。それで反応がなければ、国王陛下に直談判に行く」


「ええ、お願いします」


 祖父の力強い言葉に、エメラインは安堵を覚えた。




 そして、それから数日後。

 思いもよらぬ人物がエメラインのもとを訪れた。


「……お父さま?」


「久しぶりだな、エメライン」


「……ご無沙汰しております」


 やってきたのは、クレスウェル子爵夫妻だった。エメラインの父と、その後妻である夫人だ。

 エメラインは突然の来訪に戸惑いながらも、とりあえず応接室に通す。


「今日はどうしてこちらに?」


「実は……エメラインに伝えねばならぬことがあるのだ」


「私に?」


「ああ。その……バートと結婚するという話が伝わってきた。それは本当なのか?」


「はい、そうですけれど……」


 エメラインが頷けば、父の顔に絶望が広がる。


「た、頼む……バートだけはやめてくれ。あいつはダメなんだ!」


「ちょっ……」


 エメラインは取りすがるような父の様子に驚く。

 いくらバートのことを毛嫌いしているとはいっても、尋常ではない。


「ど、どういうことですか? まさか、平民だから……」


「いや、バートでなければ平民だろうと何だろうと、もはや何も言わない。ただ、あいつだけはダメなんだ」


「お父さま……」


 エメラインは困惑する。父はいったい何を言っているのか。

 しかし、父はなかなか続きを話そうとはしない。すると、見かねたように後妻である夫人が口を開いた。


「エメラインさん……バートさんは、あなたの腹違いの兄なのですよ」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 王族でもない元婚約者がどうやって妨害工作できたかは分かったけど。 今回いきなりしゃしゃり出てきた親が言ってることはどこまで本当なんだろう? 兄妹設定の真偽はともかく、エメラインの義母に…
[一言] 父をざまぁしましょうか。 バートが間違いなく異母兄であるなら、貴族のはずですよね。 父親が貴族なんだから。
[一言]  まさかの展開!本当に?  結婚の許可が下りないなら、『愛し合う護衛騎士と令嬢が、国王に引き裂かれそうになっている』物語を民衆の間に広めれば……。
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