28.告白
「え、ええと……裏庭に行きましょうか」
「そ、そうですね」
エメラインの提案に、バートも同意して歩き出した。
二人で屋敷の裏手にある小さな庭園へと向かう。
幼い頃のエメラインが、ギャレット辺境伯家に滞在していたときによく遊んでいた場所だ。しばらく歩くと、やがて木々に囲まれた空間へと辿り着いた。そこにはベンチがあり、エメラインとバートは並んで腰を下ろす。
日陰となっているせいか、少し肌寒い。けれど、火照っていた頬には心地よかった。
「……あのね、バート……」
「……はい」
エメラインは深呼吸をして、ゆっくりと口を開いた。心臓がどきんどきんと高鳴っている。
しかし、言わなくてはと焦るほど、次の言葉がうまく出てこない。
「……お嬢さま。俺から、先に話してもよろしいでしょうか? 少し長くなってしまいますが……」
見かねたのか、バートが口を開いた。
やや申し訳ないと思いつつ、エメラインはほっとする。
「ええ、もちろんよ。あなたの話を聞かせてほしいわ」
微笑んでエメラインが首を縦に振ると、バートは意を決した様子で話し出す。
「俺は……ずっと前から、お嬢さまのことをお慕いしていました。でも、身分が違うからと諦めていました。お嬢さまが幸せであれば良いと……でも、あの婚約者ではお嬢さまを幸せにできるなどと思えず、見ているのがとてもつらかったです」
「バート……」
「だんだんと自分の気持ちが抑えられなくなって……俺は死ぬつもりでこの地に来たんです。お嬢さまのために少しでも魔物を倒して、そして死のうと」
「そんな……」
思わず、エメラインはぎゅっと拳を握り締める。
バートがエメラインのもとを去るとき、彼は死ぬ気なのだと直感したが、それは当たっていたらしい。
「でも、お嬢さまが追いかけてきてくださって……嬉しかった。お嬢さまがそばにいるだけで、こんなにも心が温かくなるんだと思い知りました。だから……今度こそ俺がお守りすると決めたんです。もう二度と、お嬢さまを悲しませたくはないです」
「バート……ありがとう。本当に……ごめんなさい。私の身勝手であなたを苦しめてしまったわ……」
エメラインは涙を浮かべながら、そっとバートの手を取った。
自分のせいで、どれほど彼を傷つけてしまったのだろう。そう思うと胸の奥が痛む。
「いいえ、謝らないでください。お嬢さまは何も悪くありません。俺が逃げてしまっただけなのです」
そこで言葉を区切ると、バートはエメラインの手をそっと握った。
「俺は……お嬢さまが好きです。もし本当に許されるのなら、俺は……お嬢さまと結婚できたらと、思っています」
「……っ」
疑いようのないはっきりとした告白を聞き、エメラインは大きく目を見開いた。
「だから……だから、お嬢さまの気持ちを教えてください。お嬢さまは……どう思ってくれていますか?」
真剣な眼差しで見つめられ、エメラインは目を逸らすことができなかった。
顔が熱くて仕方がない。全身が燃えるように熱い。
今にも爆発してしまいそうなほど、胸の鼓動が激しく脈打っている。
「……好き」
エメラインは掠れた声で囁く。
「……好きだわ。大好き。私は……あなたが好き」
「……っ!」
控えめな声ながらもしっかりと告げると、バートの顔も真っ赤に染まる。そして、そのまま二人はどちらともなく抱き合った。
しばらくの間、無言のまま相手の体温を感じていたが、ふと思い出してエメラインは顔を上げた。
「ねえ、バート……。私のこと、名前で呼んでくれないかしら? お嬢さまなんて他人行儀な呼び方じゃなくて……」
「えっと……いいんですか? 今までずっとお嬢さまって呼んできたのに……」
「いいの。だって……恋人同士なんだもの。特別な関係になったんだって実感したいわ」
「わかりました」
バートはエメラインから体を話すと、両肩に手を置いて至近距離で視線を合わせる。
「エメラインさま」
「……さまはいらないわ。呼び捨てにしてちょうだい」
「いえ、それはちょっと……慣れるまで時間がかかりそうだし、今はこれで許してもらえませんか?」
「……わかったわ」
バートの照れくさそうな表情を見て、エメラインも微笑み返す。そんなエメラインをバートは愛おしそうに見つめると、額に口づけを落とした。
「ん……っ」
くすぐったさに身を捩りそうになるが、エメラインはじっと我慢する。
そのまま目を閉じ、受け入れながら続きを待つ。しかし、いつまで経っても唇には触れてこなかった。
不思議に思い、エメラインが薄目を開けると、バートが困り果てたような顔をしていた。
「バート……?」
「あー……すみません。その……これ以上はやめておきましょうか」
「えっ……」
どうしてやめてしまうのかと、エメラインは不満げに頬を膨らませる。
すると、バートは苦笑してエメラインの頬を撫でた。
「あのですね、ここは一応外ですよ。誰に見られるかわかったもんじゃないですし……」
「あっ……」
その言葉で、エメラインもようやく周囲の状況を思い出す。
すっかり二人きりの空間だと思い込んでいたが、ここは屋敷の裏庭だ。庭園として整えられてはいるが、屋敷の敷地内である以上、誰かが通りかかる可能性もある。
「それに……俺もまだ心の準備ができていないというか……」
「心の準備?」
「ええ、まぁ、なんと言いますか……その、いずれそういうこともしたいとは思ってますけど、今の段階では……少し恥ずかしいといいますか」
「ああ……そうね。確かに私も、心の準備が必要だわ」
お互いに照れてしまい、しばらく沈黙が落ちる。
やがて、バートが気を取り直すように咳払いをした。
「とにかく、これからよろしくお願いします。エメラインさま」
「こちらこそ……バート」
改めて挨拶を交わし、エメラインは幸せを噛み締める。
きっと、これからたくさんの困難があるだろう。けれど、バートと一緒に乗り越えていきたいと思う。
そして、いつかは本当の夫婦になれたらと願わずにはいられなかった。
「さてと……そろそろ戻りましょうか。お嬢さまに風邪をひかせるわけにもいきませんし」
「……ええ」
名残惜しく感じつつも、エメラインは素直に従う。そして、バートの手を握ると、ゆっくりと歩き出した。
「あの、バート……」
「はい?」
「また……こうやって手を繋いでもいい?」
「もちろんです」
バートはしっかりと握り返してくれる。
エメラインはその温もりを感じながら、バートのそばにいることを心の底から嬉しく思ったのだった。