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25.訪問者

「そなたの母が亡くなった後、ギャレット辺境伯家の跡取りであった息子も亡くなってしまった。直系はそなただけとなったため、わしはそなたを跡取りとして引き取りたいと、そなたの父に願ったのだ。しかし、そなたの父はそれを受け入れなかった」


「危険だから、ですか?」


 魔物との戦いから遠ざけるため、父はエメラインの魔力を封印していた。

 それが本当にエメラインのためになったのかはともかく、父なりに心配していたとも言えるだろう。

 エメラインの問いに、ザッカリーは静かに頷く。


「そうだ。ギャレット辺境伯家は魔物と戦う一族であり、その跡取りは必然的に戦いに身を置くことになる。娘をそのような目にあわせたくないというのは、親としては当然の感情だろう。そこで辺境伯ではなく、辺境伯夫人となること。そしてギャレット辺境伯家には成人後に入ることとなったのだ」


 そこで言葉を区切り、ザッカリーは大きく息を吐いた。表情には苦々しさが浮かんでいる。


「ただ、それではクレスウェル子爵家にも跡継ぎがいなくなってしまう。そこで、そなたの父が望む相手と結婚できるよう取り計らってやった。具体的には、平民だった女を男爵家の養女にして、体裁を整えたのだ。わしとしては少々不本意だったがな」


「そうだったのですか……」


 エメラインの義母となる子爵夫人は後妻で、男爵家の養女となって嫁いできたことは、以前から知っていたことだ。

 しかし、そういった背景があったとは知らなかった。

 愛人と正式に結婚するために、エメラインを利用したということだろうか。

 そして父は、エメラインを手元に置いておきながらも、ろくに愛情を与えることなく放置したのだ。

 それならば、もっと早くギャレット辺境伯家に送ってほしかったものだと、静かな怒りがわき上がってくる。


「はっきり言うと、わしはそなたの父には好感を抱いていなかった。パトリシア……そなたの母の見る目のなさには失望したものだ。だからそなたにはわしの選んだ候補の中からと思ったが……まさか、あんな男だったとは」


 ザッカリーの口調からは、深い後悔が感じられた。


「ボーナム伯爵家にはわしの気に入っていた騎士がおってな。寡黙だったが誠実で、腕も立つ良い男だった。その縁で、ダミアンをお前の婚約者候補としたが……そなたにはすまないことをしたな」


「い、いえ、彼の顔だけしか見ていなかった私が悪いのです。おじいさまが謝られることではありません。それに、もう婚約は破棄されていますから」


 慌ててエメラインは首を横に振ってみせる。

 他にも婚約者候補はいたのに、顔で決めたのはエメラインだ。


「そう言ってくれるとありがたい。実はパトリシアは、わしの気に入っていた騎士と娶わせようと思っていたのだ。だが、あの子は顔だけで男を選んでしまった。そなたは違うようで安心しているよ」


「は……はい……ありがとうございます」


 いささか居心地の悪い思いをしながら、エメラインは礼を言う。

 母の遺言である『殿方を、顔で選んではなりません』という言葉を思い出し、どれほど実感がこもっていたのだろうかと、今さらながらに恐ろしくなる。


「さて、過去のことはここまでだ。これからのことを話すとしよう」


「これから、ですか?」


「そなたの婿だ。そなたにふさわしい相手を探さねばならん」


 真剣な面持ちで、ザッカリーが口を開く。


「え!? そ、それは……その……」


 まるで心臓をわしづかみされたような気分になり、エメラインは困惑して口ごもる。


「どうした? それとも誰か言い交した相手でもおるのか?」


「あ、えっと、それは……」


 エメラインは言葉に詰まり、何も言えなかった。

 真っ先に浮かんだのはバートのことだ。だが、彼からはまだはっきりとした言葉をもらっていない。

 そもそも、エメラインのことを本当に異性として想ってくれているのかも不明だ。

 それなのに言い交したなどと言えるわけがない。


「ふむ……」


 エメラインの様子を見ていたザッカリーが、小さく呟く。


「誰ぞ、心に秘めた者がいるようだな。まあよい。まだ時間はある。じっくり考えるとしよう」


「はい……」


 ほっとして、エメラインは頷いた。


「だが、あまりのんきにしていては機会を失うやもしれん。早いうちに行動を起こしたほうがよいだろう。ところでそなたの護衛騎士バートだが」


「は、はい!」


 突然バートの名前を出され、エメラインは驚いて背筋を伸ばす。


「なかなか見どころのある若者ではないか。かつてわしの気に入っていた騎士に通じるものがある。選ぶのなら、ああいった者がいいだろう」


「は、はい……そうですね……」


 焦りながら、エメラインは相槌を打つ。

 まさかザッカリーには勘付かれているのだろうか。そういえば、ザッカリーはバートのことを気に入っているようでもあった。


「では、わしはこれで失礼しよう。ゆっくり休め」


「は、はい。お休みなさいませ」


 ザッカリーが出て行った後も、しばらくエメラインはソファの上で呆然としていた。

 心の中は嵐のように混乱している。エメラインの想い人は、すでにザッカリーに知られていたらしい。

 そして、バートもザッカリーのお眼鏡にかなったようだ。


「ど、どうすれば……あれ? ええと、もしかして一番の問題である身分差は構わないっていうこと? だって、おじいさまが認めているのなら……あ、でも、そうなるとお互いの気持ちが問題で……」


 エメラインは頭を抱え、呻く。

 頭の仲がぐるぐるとして、考えがまとまらない。とりあえず落ち着こうと、エメラインはベッドに入った。

 しかし興奮のせいで、眠れたのは明け方近くになってからだった。




「おはようございます、お嬢さま」


「お、おはよう、バート」


 翌朝、食堂に向かう途中で会ったバートに挨拶をされて、エメラインはどきりとする。

 昨夜、祖父から聞いた話が脳裏をよぎり、妙に意識してしまう。

 いつもどおり接したいのに、うまくいかない。


「どうかしましたか?」


「なんでもないわ。今日もよろしくね」


「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 微笑んで一礼すると、バートは先に歩いて行ってしまう。その後ろ姿を見つめながら、エメラインは小さくため息をつく。


「……やっぱり、このままじゃダメよね」


 エメラインは自分に言い聞かせるように呟く。

 魔物退治も落ち着いてきた今、そろそろはっきりさせなくてはならない。それに、これ以上曖昧な態度をとり続けていては、いつまで経っても前に進めないだろう。


「よし……今日、頑張ってみよう……!」


 拳を握りながら、エメラインは決意する。

 そして朝食後、エメラインは意を決してバートに話しかけた。


「ねえ、バート。少し話があるのだけれど、時間をもらえるかしら?」


「はい、大丈夫ですけれど……どうしたんですか? 改まって」


 不思議そうにバートは首を傾げる。


「あの……ここではちょっと……二人きりになれる場所に行きましょう」


「はい、わかりました」


 エメラインの言葉に、バートは特に不審がる様子もなく頷いた。

 ところが二人で屋敷の裏庭に向かおうとする途中、騒がしい声が聞こえてくる。


「ふざけるな! さっさとそこをどけ!」


 聞き覚えのある怒鳴り声に、エメラインは思わず立ち止まる。

 門の方から聞こえる騒ぎに、何事かと思いながら近づいていくと、そこには予想どおりの人物が立っていた。


「お引き取りください。ここはギャレット辺境伯家の敷地内です」


 門番の騎士は、きっぱりと拒絶の口調で言う。


「うるさい! 僕を誰だと思っている! ……エメライン!」


 突然名前を呼ばれ、エメラインはびくりと身をすくませる。


「……ダミアンさま」


 そこにいたのは、先日婚約破棄を言い渡してきたはずの、元婚約者ダミアンだった。

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無能令嬢は辺境の聖女と呼ばれる1   無能令嬢は辺境の聖女と呼ばれる2
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― 新着の感想 ―
[一言]  ちょうど良い。  エメライン、眼の前でバートを自慢してやれ。
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