24.十五歳の誕生日
やがて魔物退治も落ち着いてきた頃、エメラインは十五歳の誕生日を迎えた。
「おめでとうございます、お嬢さま」
「ありがとう」
屋敷の者たちが祝いの言葉を口にする中、エメラインは笑顔を浮かべる。
これまで誕生日といっても、アルマとバートがささやかに祝ってくれるだけだったが、今年は違っていた。
ギャレット辺境伯邸の庭では、大勢の使用人たちによって盛大なパーティーが開かれていたのだ。
テーブルの上には豪華な料理やデザートが並び、楽器の演奏も披露されている。
「こんなにたくさんの人にお祝いしてもらうなんて、初めてよ」
エメラインは目を丸くして周囲を見回す。
すぐ側に控えるアルマとバートも、微笑ましそうにエメラインを見守っている。
「皆、お嬢さまのことが大好きですからね」
「ええ、私もみなさんのことは好きよ」
エメラインはにっこりと微笑む。すると周囲から歓声が上がる。
使用人たちだけではなく、騎士たちからもエメラインの人気は高かった。
「さすがお嬢さまです」
「俺たちのことを好きだなんて、嬉しいです!」
「お嬢さま、どうか私にもそのお言葉をかけてください」
「ずるいぞ! 俺だって……」
「お前たち、お嬢さまのお手を煩わせるんじゃないよ」
メイド長のハンナによる叱責に、人々は慌てて口をつぐむ。
「ふふっ、みんな元気があっていいわ」
楽しくなって、エメラインは笑い声を上げる。
「まったく、あいつらは……」
その様子を見て、バートは苦笑しながら首を横に振る。
「まあまあ、よいではないか」
そこへ、ギャレット辺境伯ザッカリーが現れた。
「辺境伯さま」
バートは姿勢を正すと、頭を下げる。
「この屋敷がこれほど賑やかで喜ばしいのは、久しぶりのことだ。エメラインのおかげで、本当に明るくなったものだ」
ザッカリーは感慨深げに言うと、そっと目元を拭った。
「おじいさま……」
思えば、ザッカリーは妻だけではなく、息子と娘の二人にも先立たれているのだ。家族を失い、どれほど寂しかったことだろう。
エメラインはそっとザッカリーの手を包み込む。
「大丈夫ですよ、おじいさま。私がいますから」
「ああ、そうだな……エメライン……」
優しく微笑みかけると、ザッカリーは涙ぐんだ声で答えた。
「ところで、エメライン」
そこで、ザッカリ―は表情を改めると、真剣な顔でエメラインを見る。
「はい?」
「今日は誕生日だからな。特別なプレゼントを用意しておいた」
「特別なプレゼント……。ありがとうございます」
エメラインは嬉しく思いながらも、内心不安になる。
今まで、誕生日に贈り物をもらったことなどなかったのだ。しかも、こうも改まって特別と言われると、それが何なのか見当もつかず、落ち着かない。
「後ほど部屋に行くが、それまではここで楽しんでいるといい」
「わかりました」
エメラインが答えると、ザッカリーは満足そうに頷いて立ち去った。
それを見送ったエメラインは、側に控えるアルマとバートの顔色をうかがう。
「ねえ、アルマ、バート。いったい何なのかしら? 何か聞いていないかしら?」
「申し訳ありませんが、何も聞かされてはいません」
「俺もです。申し訳ございません」
アルマとバートはすまなさそうに首を振る。
「そうよね……」
しょんぼりとうなだれながら、エメラインは呟く。
「でも、きっと素敵なものに違いないと思いますよ」
「辺境伯さまはお嬢さまのことを大切に思っていますからね」
「……そうね。おじいさまがくださるものなら、なんだって素敵だわ」
二人に励まされ、エメラインは気持ちを切り替えると、笑顔を取り戻す。
「さあ、せっかくのパーティーなのだから楽しみましょう」
「はい」
それからエメラインは料理を食べたり、楽器の演奏を聞いたりと、パーティーを楽しんだ。
やがて日も沈み、庭でのパーティーを終えてエメラインが自室に戻ると、扉が叩かれた。
「どうぞ」
エメラインが返事をすると同時に、扉が開かれる。
「失礼するよ」
入ってきたのは、ザッカリーだ。
彼は手に、装飾の施された短剣を持っていた。
「あの、それは……」
エメラインはその正体がわからずに戸惑う。
「これは我が家に伝わる宝刀だ。エメラインに授けようと思って持ってきた」
「ええ!?」
驚きの声を上げ、エメラインは短剣とザッカリーを交互に眺める。
「そんな大切なものをいただけるんですか?」
「もちろんだ。これは後継者に授けられるもの。次期ギャレット辺境伯であるエメラインが持つべきものだ」
「私が、ギャレット辺境伯の後継者……」
エメラインは呆然と呟く。
自分でその座に就くと宣言したものの、こうして目の前に突きつけられると、改めてその重みを感じる。
「さあ、受け取ってくれ」
「はい。ありがたくいただきます」
エメラインは震える手で、ザッカリーから短剣を受け取る。その瞬間、手の中にじんわりとした温もりを感じた気がした。
「……正直なところ、そなたにこのような重責を背負わせるのは心苦しい。そなたの父が望んだように、辺境伯ではなく辺境伯夫人となってくれればと思うこともある」
ため息をつくと、ザッカリーはエメラインの頬にそっと触れる。
「だが、それでもわしは、そなたをギャレット辺境伯の後継ぎとして認めた。わしの目に狂いはなかったと信じている」
「おじいさま……」
エメラインは胸の奥に熱いものがこみ上げてくるのを感じていた。
これまでずっと認めてもらいたいと願ってきた。それがようやく叶ったのだ。
「そなたもこれで一人前だ。今日はそなたが、そなたの父のもとを完全に離れる約束の日でもある。よって、今までのことを話しておこう」
「はい……」
エメラインは緊張しながら、姿勢を正して頷いた。