22.無駄ではなかった
あまりの眩しさに、エメラインは目を閉じる。同時に、全身が温かな光に包まれるような感覚を覚えた。
「これは……」
驚いているうちに、どんどん魔力が回復していく。それだけでなく、心の奥底から力が湧き上がってくるようだった。
エメラインはゆっくりと目を開ける。すると、空中に何かが浮いていた。それは一対の耳飾りだった。これまでエメラインの魔力を封じていた、忌々しい封印具だ。
懐にしまっておいたはずのそれが、目の前にふわふわと浮かびながら、金色の輝きを放っている。
「どうして……?」
困惑している間にも、どんどん魔力が回復し続けていた。
「いえ、そんなことよりも、これなら……!」
この魔力を使えば、今度こそ結界を張ることができるかもしれない。
エメラインは耳飾りを手に取ると、再び祈りを込めて魔法を行使する。今度は先ほどとは比べものにならないほどの膨大な量の魔力が溢れ出し、一気に結界へと注ぎ込まれていった。
「すごい……!」
その光景を目の当たりにして、エメラインは驚きの声を上げた。
みるみる結界が修復されていく。
それどころか、周囲の魔物たちが一斉に動きを止め、塵となって崩れ落ちていったのだ。
残っていた黒竜も、ちょうど起き上がったバートによって倒されるところだった。
「お嬢さま!」
バートは歓喜の声を上げて駆け寄ってくる。
「バート……良かったわ……」
エメラインはほっとして、その場に座り込む。
「さすがお嬢さまです! これはお嬢さまがもたらした勝利です!」
嬉しそうに笑うと、バートはエメラインに手を差し伸べた。
「ありがとう、バート」
エメラインは微笑んで、彼の手を取って立ち上がる。
周囲で戦っていた騎士たちも、突然の出来事に驚きながら、状況を把握すると歓声を上げ始めた。
「エメラインさまが結界を張り直してくださったぞ! 勝ったんだ!」
「助かったんだ! 俺たちは生き残ったんだ!」
「奇跡だ!」
口々に喜び合う彼らを眺めながら、エメラインはようやく実感した。
自分たちは生き残ったのだと。そして、勝利を掴んだのだということに。
「そういえば、あの耳飾りは……」
ふと思い出し、エメラインは自分の手元を見る。そこにはひび割れた翠玉の耳飾りがあった。中に込められていた魔力は完全に消えているようだ。
「よくやった、エメライン」
いつの間にか、そばに来ていたザッカリーが声をかけてきた。彼は満足げな笑みを浮かべている。
「おじいさま……」
「まさか、一人で結界を張り直してしまうとはな。しかも、魔物たちを消滅させ、我らの傷まで癒すとは……大したものだ」
「え……? そんなことが……?」
エメラインは目を丸くして、ザッカリーを見つめる。確かに、先ほどまで傷だらけだったはずの彼は、今はどこも怪我をしていないように見えた。
続いてバートを見れば、彼もまた無傷の状態に戻っている。
「正直なところ、わしが命を絶たれるときに一瞬だけ使えるはずの力を、そなたに託すしか方法はないと思っておったが……あり得ぬほどの魔力だった。いったい何があったのだ?」
ザッカリーは不思議そうに問いかけてくる。エメラインは戸惑いながらも、手の中の耳飾りを見せた。
「これまで私の魔力を封じていた耳飾りです。お母さまが亡くなったときにお父さまからいただき、ずっと身に着けていたのですが、先日はずしました。それ以来、再び精霊たちが見えるようになり、魔力も戻ったのですが……」
「なんと……お前の魔力を封じていたというのか。しかも、そなたの父が……何故、そのようなことを……」
「私を辺境伯として矢面に立たせないためだと言っていました。魔力が無ければ、辺境伯夫人として一歩引いた場所に置いておけるからだと」
わき上がってくる苦い思いを抑えながら、エメラインは淡々と答える。
魔力を封じられ、ろくでもない男を婚約者として崇めるしかなかった日々を思い出すだけで、今でも胸が苦しくなる。エメラインが七歳の頃から約八年、無駄に過ごしてしまった時間だ。
「……愚かなことをするものだ。しかし、そのおかげで助かったとも言える」
「どういうことですか?」
「その耳飾りの石は、魔力を吸収して蓄積しておくものだ。そなたの何年分もの魔力をため込んでいたのだろう。だから、あれだけの力を発揮できたのだ。ただ、一気に放出したために負荷がかかり、壊れてしまったようだが……」
「そうなのですか……」
やや呆然としながら、エメラインは改めて耳飾りを眺める。
そこにあるのは、ただのひび割れた石でしかない。だが、エメラインのこれまでの半生の象徴でもあった。
「あの無駄に過ごしたと思っていた、じっと耐えるだけの日々は、意味のないものではなかったのね。きっと、今日このときのためにあったんだわ」
エメラインは静かに呟くと、そっと耳飾りを握りしめ、胸に抱く。
周囲では、騎士たちの未だ冷めやらぬ興奮した歓声が続いていた。どうやら怪我も治り、命を落とした者はいないようだ。
この耳飾りがなければ、例えどうにか結界を張り直すことができたとしても、ザッカリーを始めとして多くの犠牲者が出ていただろう。
彼からの未来を守れたのだと、エメラインは誇りに思う。
「お嬢さま……」
気遣うようにエメラインをうかがうバートを見て、エメラインは微笑む。
「大丈夫よ、バート。つらかったことも苦しかったことも、決して無駄じゃなかった。これからはあなたと共に歩んでいけるんですもの」
「お嬢さま……」
バートは感極まった様子だったが、不意に表情を引き締めると、その場に膝をついた。
「お嬢さま、お約束いたします。俺は生涯をかけてお嬢さまをお守りすると。たとえどのような困難があろうと、必ずお嬢さまの幸せのために尽くしてまいります」
真剣なバートの言葉に、エメラインは目を見開く。そして、嬉しさに顔をほころばせた。
「ありがとう、バート」
エメラインはそう言うと、バートの手を取り、立ち上がらせる。
彼と結ばれるためにまだ困難はあるだろうが、きっと乗り越えていけるはずだ。エメラインはそう確信していた。
「さて、我らの勝利を伝えに行こうか。皆が待ちかねているぞ」
二人を静かに見守っていたザッカリーが、穏やかに口を開く。
「はい、おじいさま」
エメラインは笑顔で頷くと、バートと共に歩き出したのだった。