02.他人同然の家族
クレスウェル子爵家では、家族で朝食をとる習慣がある。
長女であるエメラインも当然ながら参加しているが、いつも場違いであるかのような、いたたまれなさを覚えていた。
テーブルを囲むのは、当主であり父であるクレスウェル子爵、その妻でありエメラインにとっては義母にあたる子爵夫人、そして弟とエメラインの四人だ。
「お父さま、昨日は剣術の先生に上達が早いと褒められました。今日からはもう一段階、上の授業を行うとのことです」
「そうかそうか、頑張っているのだな」
「ほほほ……クレスウェル子爵家の立派な跡継ぎになれるよう、精進するのですよ」
エメラインを除く三人は、和気あいあいと談笑している。
それを聞きながら、エメラインは黙々と食べ物を口に運ぶだけだ。
エメラインの実の母は、エメラインが七歳の頃に亡くなっている。
今の子爵夫人は後妻で、弟も腹違いだ。
彼女はエメラインの母の喪が明けた途端、すぐにやってきた。
もともとは平民だったらしいが、男爵家の養女となってから嫁いできて、その後すぐに跡継ぎとなる弟が生まれている。
エメラインはぼんやりとしか覚えていないが、当時はいろいろと騒がしかったらしい。
跡取り息子を産んだことで、彼女は堂々たる子爵夫人として振る舞っている。
先妻の子とはいえ、女で、しかも将来は辺境伯家に行くことが決まっているエメラインは、彼女にとっては脅威ではなかったようで、いじめられてはいない。
ただ、温かい感情を向ける理由もないのだろう。無関心で、同じ家に暮らしているだけの他人のようなものだ。
それは実の父も似たようなもので、エメラインを冷遇するわけではないが、愛情のある振る舞いもしない。
弟はそういった両親を見ているためか、エメラインとは距離を置いている。
エメラインは、三人の家族に紛れ込んだ異質な存在のようだった。
「ところでエメライン、婚約者殿とは問題なく過ごせているか」
今日は珍しく、父からエメラインに声がかけられた。
エメラインは一瞬、びくりと身を震わせる。
そして、言葉の内容を噛みしめて、いたたまれなさに唇をぎゅっと引き結んだ。
「はい……」
だが、エメラインは俯きがちに頷くことしかできなかった。
これで本当のことを言ってしまえば、ろくな理由も聞こうとせずに、おまえが悪いからだと説教が始まるのだ。
まともに話を聞いてくれないことがわかっているので、エメラインはただ頷いてやり過ごそうとする。
「そうか、ならばよい」
さほど関心もないのか、父はあっさりと話を終えた。
すぐに話題は移り、エメラインは再び蚊帳の外に置かれる。
「今日は天気も良く、時間もあるので、昼食は庭でとることにしよう」
「まあ、それはよろしいですわね」
「楽しみです」
いつの間にか、昼食の話題になっていた。
三人が楽しそうに頷き合うのを、エメラインは黙って見つめる。
すると、父が感情のこもらない目をエメラインに向けてきた。
「……私は用事があるので、辞退させていただきます。皆さまで、お楽しみくださいませ」
エメラインがそう言うと、三人はほっとしたようだった。
「まあ、それは残念ですわ。でも、用事があるのなら仕方がありませんわね。家族水入らずで楽しみましょう」
さりげなく子爵夫人はエメラインを家族から除外しているが、そのことについて父は何も言うことはない。
若い頃は光り輝くような美青年と称えられたらしい父だが、今や輝いているのは頭頂部である。
実の母はかつて父の顔に一目惚れしたらしいが、今の姿になると知っていたらどうだったのだろうかと、エメラインは答えの出ないことに思いを馳せる。
確か、実の母は亡くなる際に父に関する何かを言い残したような気がするのだが、エメラインの記憶にはぼんやりとしか残っていない。
やがてエメラインにとっては重苦しい時間が終わり、ようやく自室へと戻る。
そこでは、亜麻色の髪に茶色の瞳を持つ、エメライン付きの侍女アルマがお茶を準備して待っていた。
「お嬢さま、お疲れさまでございました。胃に良いハーブティーをご用意しております」
穏やかに微笑みながら、アルマはさわやかな香りの漂うハーブティーをエメラインに差し出す。
「ありがとう」
自然と口元が綻ぶのを感じながら、エメラインはハーブティーのすがすがしい香りを楽しむ。
これまでの強張っていた心が、優しく解きほぐされていくようだ。
「もう少しの辛抱でございます。あと数か月……お嬢さまが十五歳になれば、辺境伯家に行くことになっているのですから、このような陰惨な場所ともおさらばできます」
励ましの言葉を述べるアルマに、エメラインは苦笑してしまう。
陰惨な場所というほど、ひどい扱いを受けているわけではない。
綺麗な部屋を与えられ、食べるものにも着るものにも困らず、貴族令嬢としての教育も受けている。
世の中にはもっと悲惨な人々がいるのだから、恵まれているといえるだろう。
ただ、家族の愛情というものが与えられず、居場所がないと感じるだけだ。
「ええ……辺境伯家に、私の居場所があればよいのだけれど……」
「私も、弟のバートも、ずっとお嬢さまにお仕えいたします。辺境伯家でもお側におりますので、どうかご安心くださいませ」
アルマと護衛騎士のバートは姉弟だ。
二人の母はこの家のメイドだったそうだが、その母が亡くなって孤児院で暮らしていたという。
それをエメラインの母が引き取り、エメライン付きにしたのだ。
二人のことは、エメラインも姉と兄のように思っている。
最初の頃は身分の垣根もなく、本当にそのように過ごしていたのだが、やがて年齢を重ねるにつれて、二人は態度をわきまえるようになってしまった。
エメラインは寂しかったが、仕方がないことなのだと受け入れて今に至る。
「アルマ、ありがとう……あなたとバートだけが、私の味方だわ……」









