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18.懐かしさ

「俺はあの後、ギャレット辺境伯家を訪れて、魔物討伐隊に受け入れていただきました。旦那さまのお口添えもあり、ギャレット辺境伯さまに直々にご挨拶する機会をいただけたのです」


「まあ、お父さまが……」


 馬車に揺られながら、バートはこれまでのことを語り出す。じっと話を聞いていたエメラインは、驚きで目を見開いた。

 まさか父がバートのために口添えをするとは思わなかったのだ。


「はい。それから、俺は魔物との戦いに身を投じていきました。幸いにして俺は、戦いの才能があったようで、魔物たちを順調に倒していくことができました。おかげで、ギャレット辺境伯さまから騎士として取り立てていただいたのです」


「そうだったの……」


 エメラインは感慨深さを噛み締めながら、呟く。

 彼が去っていったときは、命を捨てようとしているのではないかと思ったが、無事に生き延びてくれたようだ。

 エメラインがほっとしていると、バートはさらに話を続ける。


「そして今日は、街道の見回りをしていたのです。すると、魔物に襲われている馬車を見つけて、急いで駆けつけたところ、お嬢さまがいらっしゃるではありませんか……俺はもう本当にびっくりしましたよ」


「それはそうでしょうね……」


 思わず、エメラインは苦笑する。


「私だって、まさかあなたに会うとは思ってなかったわ」


 そうして二人は顔を見合わせると、どちらからともなく笑い合う。

 それからバートは、懐かしげに目を細めた。


「本当に……お会いできてよかったです」


 その言葉を聞いた瞬間、エメラインの心の中に温もりが広がっていった。


「私もよ……」


 エメラインも微笑んで返す。

 二人の間に穏やかな空気が流れた。魔物の活性化という緊迫した状況ではあったが、いっとき心が和む。


 そうして馬車は順調に進み、ギャレット辺境伯家の屋敷にたどり着いた。

 いったいいつぶりだろうか。エメラインは久しぶりに訪れた屋敷を見て、これからが正念場だと気を引き締める。

 門では、衛兵たちが驚いた顔をしていたが、バートがいることで問題ないと判断したらしく、すんなり通してくれた。

 そのまま馬を走らせて玄関前に止まると、中から使用人たちが出てくる。


「……エメラインさま!? まあ、なんと大きくおなりになって……パトリシアお嬢さまにそっくりだわ……」


 最初に出てきた年配の女性が、エメラインの姿を見るやいなや、涙ぐんだ。

 彼女はメイド長のハンナで、エメラインが幼い頃にこの屋敷を訪れた際、とてもよく世話を焼いてくれた人物だった。


「ハンナ……久しぶりね」


 エメラインは懐かしさを感じながら、微笑む。

 今までずっと忘れていたが、徐々に記憶がよみがえってきた。

 後ろにいる使用人たちにも、見覚えのある者がいる。幼い頃、この屋敷で過ごしたときの温かい気持ちが、胸に広がっていった。


「まあまあ……覚えてくださっているなんて光栄ですわ!」


 ハンナは感激しきった様子だったが、すぐに我に返って頭を下げてきた。


「申し訳ありません。こんなところで立ち話をしていてはいけませんね。まずはお部屋へご案内します。旦那さまにもお知らせせねば……」


「ええ、お願い」


 エメラインが頷くと、ハンナは使用人を呼びつけて指示を出す。それから、応接室へと案内された。

 途中ですれ違った使用人たちの中には、懐かしい顔もあった。皆、エメラインのことを覚えてくれていて、笑顔で迎えてくれる。

 まるで、自分の家に帰ってきたかのようだった。それもエメラインの育ったクレスウェル子爵家よりもずっと温かい、思い描いていた理想の家だ。


「こちらでしばらくお待ちくださいませ」


「ありがとう」


 ハンナは一礼して去っていく。

 エメラインはソファに座って待つことにした。バートとアルマは立ったまま、側に控えている。


「バート、ここにいて大丈夫なの? 一緒に来てもらったけれど、本当は街道の見回りの途中だったのでしょう? ごめんなさい、無理を言って連れてきてもらって」


「いいえ、構いませんよ。見回りはちょうど終わりでしたから。それに、お嬢さまをお守りすること以上に大切なことはありません」


 きっぱりと言い切るバートに、エメラインは胸を打たれたような気がした。

 そういえば昔から彼は、エメラインに対して過保護すぎるくらい優しかったのだ。


「ねえ、バート。私を守ってくれるのはとても嬉しいわ。でも、私のことばかり気にしないでね」


「はい?」


「あなたは自分のことを一番大事にしてちょうだい」


「俺のことなどより、お嬢さまの方が大切ですよ」


「バート……」


 エメラインは困ってしまう。彼の優しさは嬉しくもあるが、心配でもあった。エメラインがたった一つのかすり傷を負うことを避けるために、命すら投げ出してしまわないか不安になる。


「当然、そう言うだろうとは思いましたが……ちょっと力みすぎているのではないですか」


 バートの隣に立つアルマが、呆れたように口を挟んできた。


「そんなことはない」


「ありますよ。もっと肩の力を抜いて、余裕を持って行動すべきです」


「余計なお世話だ」


 姉から顔を背け、バートはそっけなく言い放つ。

 エメラインは二人のやりとりを聞きながら、思わず笑ってしまった。


「ふふ……」


「お嬢さま?」


 バートとアルマは不思議そうな顔をして、エメラインを見つめてくる。


「ごめんなさい。なんだか昔に戻ったみたいで……」


 目を細め、エメラインは呟いた。

 まだ身分の垣根もなかった頃、三人でこうやって軽口を叩いたことを思い出す。


「そうですね……」


 バートも懐かしそうに目を細め、同意した。

 しばしの間、穏やかな沈黙が流れる。

 そして扉がノックされる音によって、その時間は破られた。

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